戸惑い2−修学旅行ホテル編3−









 PPPPPPP!

 浴室からシャワーの音が聞こえ始める頃、ベッドヘッドに置いてあった携帯が鳴った。
 水音が耳に入るのと同時にさらに落ち着かなくなった樹にとっては正に良いタイミングだった。
 同性だと言うのに、直斗が風呂に入っていると思うだけでどうにも胸が騒いでしょうがない己に動揺していたからだ。
 寝ると言った手前、電気を消しておいたほうがいいだろうと部屋の明かりを消したが最後。
 煌々とついた風呂場の明かりの存在感にどうしても意識が持っていかれてどうしようもなかった。
 だからといってすぐさま電気をつけてはおかしく思われる。
 けれどこのままでは己の情けなさに果てしなく落ち込みそうだった。

 

「はい」

 これで意識せずにすむと喜んで通話ボタンを押す。

『よう、神凪か? どうよ、部屋ちゃんと決まったか?』
「陽介?」
『おう』
「部屋は決まったよ。そっちは? 完二とクマも一緒なんだろ?」
『そうなんだよー! 部屋入った早々クマがはしゃいでトンデモナイ事になっていたぜ・・・』
「それは・・・大変だったね」

 クマのはしゃぎっぷりが容易に想像できて思わず笑みがこぼれる。

『そうそう。それでさ、おまえんとこ同室者いるのか?』
「いるよ」
『そっかー・・・』
「どうかしたのか?」
『いやさ、俺ら三人だろ? 寝る場所がなくてよ。もしお前が一人部屋だったらクマを引き受けてもらおうかと思ってたんだよ』
「なるほど」
『同室者って誰? 俺も知ってる奴?』

 さらりと聞かれて、樹はぎくりと身を強張らせた。

「あー・・・」

 言葉を濁すものの、誤魔化しても何もならないとため息をつく。

「白鐘直斗、だよ」
『は!? マジ?』
「マジだよ、こんなことで嘘ついてどうするんだよ」

 予想通りの反応に苦笑する。

『今近くにいんの?』
「いや・・・風呂は入ってるよ」
『そうかー・・・』

 相変わらず水音が室内にもれ聞こえる状態。
 陽介からの電話で幾分か気がまぎれたけれど、やはりこうして話題に出してしまうと気になってしまう。

『どうかしたのか?』

 こちらの様子がおかしい事に気がついたのか、陽介が気遣わしげな声で問う。
 けれど、まさか同性相手に悶々としていますなんて言えず、乾いた笑みをこぼして誤魔化す事しか出来なかった。

「とりあえず、そんな訳なんでクマを預かる事ができないけど大丈夫か?」
『まぁ、そうだよなー・・・。今でさえ色々探られているって言うのに、クマなんて引き受けてもらったら大変な事になるよな。・・・完二でも同じくってところか』
「そうだね。完二が来たら来たでまた色々探られそうだ」
『だよなー・・・。あいつパニクってポロっと言っちゃいそうだしなー。・・・しゃーない。こっちはこっちで何とかするよ。おまえも気をつけろよ』
「ああ。ありがとう。ごめんな、役に立てなくて」
『いーって! こっちも無理を承知で聞いてみたんだし。んじゃ、また明日な』
「ああ。じゃあ、明日」

 通話を切り、再び室内に響くのは微かな水音。
 振り切るように首を振り、樹は枕元に携帯を置いたままベッドに潜り込んだ。

 起きているからダメなんだと、懸命に眠ろうとするけれど眠気は訪れない。
 そうこうしている内に、バスルームのドアが開く音がして、シャンプーかリンスか、はたまたボディソープの香りが鼻をくすぐり、さらに鼓動が早まった。

 直斗が風呂から出てきた事は人の気配で分かったけれど、起き上がることも出来ず、寝たふりをして過ごす。

 ガサゴソと聞こえる物音一つに過敏に反応してしまう意識。
 再び気配が遠のき、洗面所でドライヤーの音が響くと樹は大きくため息をついた。
 5分ほどしてドライヤーの音は止まり、再び気配がこちらに近づいてくる。
 そうしてベッドがきしみ、シーツがめくり上げられたのを察して身体を強張らせた。
 こちらの緊張など知りもせず、しばらくすると隣から微かな寝息が聞こえてきて樹は脱力する。

 こちらがこんなにも意識しているというのに、直斗自身はなんら気にする様子もなく眠りに落ちてしまった。
 考えてみればそれが当たり前であるのにどうしてか落胆している自分がいる。

 念のためもう少し時間を置いてからのっそりと身体を起し、気がつかれないように息を吐き出して、ちらりと隣を盗み見た。

 ダメだと思いつつも欲求が抑えきれず、「少しだけだから」とこっそりとこちらに背を向けて寝ている直斗の顔を覗き込む。

 まだ少年らしさの抜け切らない、あどけない寝顔。

 本当に寝ているのかとしばらく警戒していたが、規則正しく呼吸を繰り返すのを見て寝入っていると確信した。

 そっと、短い髪に手を伸ばす。
 思っていた以上にさらりとした髪質。
 白い肌に、長いまつげ。ほのかに色づいた唇。

 こうしてみると本当に男くさいところが無くて、やはり本当に男なのかどうか疑いたくなる。
 女であって欲しいという願望が、余計そう思わせているのかもしれない。
 けれど、シーツから出ている肩はこんなにも華奢で、どうしても男に思えなくて。

 ふいに、彼の身体が仰向けになる。
 あらわになった首筋にどきりとした。

 いつもはきっちりと上まで留められたシャツが、今では三つ目まで外されていて、鎖骨どころかさらにその下まで覗けそうな状態で。

 これはやばいと直斗から視線を外した。

「・・・本当に俺、バカだろう」

 これ以上見ていたら、寝ている事をいいことにあらぬ事をしてしまいそうな自分がいる。

 すやすやと眠る直斗に背を向けて、今度こそ眠るんだと目を閉じた。
 けれど先ほど見た直斗の寝姿が脳裏にちらついて眠気を追い払ってしまう。

 これはもしかして徹夜コースなんだろうかと、半ば諦めの気持ちで樹は深くため息をついた。








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なんだか主人公の性格が変わっている気がする・・・。