戸惑い2−修学旅行ホテル編4−









 修学旅行、二日目の夜。
 クラブ・エスカペイドで偶然樹達と遭遇し、散々周りが騒いだ末にホテルに戻ってきたのだが、樹はさっさと風呂に入ると髪を乾かすのもおざなりにベッドに倒れ込んだ。
 気がついた時にはすでに熟睡していて直斗は驚く。

 そんなに今日は疲れるような一日だったのだろうかと首を傾げつつ、同行していたメンバーのエスカペイドでの騒ぎ思い出すと、無理もないような気がした。

 直斗もまた風呂に入り、一日の疲れと汚れを落とす。

 結局、彼らの話から事件解決の手がかりを得ることが出来なかった。
 入手できた事といえば、『誘拐する人を助けるためにテレビの中に入り、ペルソナを呼び出してシャドウと戦う』事だけ。

 意味がまったく分からなかった。

 ペルソナが仮面を意味し、また心理学用語なのは知っている。
 しかしそれがどう誘拐殺人事件に繋がるのか、またシャドウとはなんなのか。
 そもそもテレビの中に入るとはどういうことなのか。

 からかわれているとしか思えなかった。その時は。

 けれど、思い返してみれば、雪子とりせがその話をしたとき、他のメンバーは明らかな焦りの色を見せていて、それが真実だとその身で証明しているものだった。

 それに、彼らの話した事が真実だと考えるならば、あらゆる矛盾が消えるのも事実。

 なによりも懐柔されていると思っていた雪子、完二、りせの三人のあの裏のない笑顔。
 心からの笑顔を浮かべているように見えた。
 もし本当に懐柔したのなら、あのような笑顔を浮かべられるのだろうか。

 眠りに落ちたまま起きる気配のない樹を見る。

 彼が主犯格だと思っていた。
 けれど、何度となく話す機会があり、その度に彼への印象が変わった。

 こちらが疑いの目を向けているのを知っているくせに、笑いかけて普通に話しかけてきた。
 その瞳の優しさに、戸惑い、心がざわめき始めたのはいつの頃からか。

 すっきりとしない感情。
 彼がこちらを見ていないと思えば落ち着きを見せる心臓。
 いくら考えても解明できない、謎。

 ベッドへと近づく。
 その寝顔はどこがあどけなくて、起きている時のクールさを漂わせる雰囲気が払拭されている。
 目を閉じているだけでこんなにも変わるものなのかと驚く。

「あなたは、犯人ではないのですか?」

 そっと、問いかける。
 帰ってくるのは寝息だけだと分かっているのに。

「・・・ん」
「!」

 ふいに樹の目が開いた。
 驚きのあまり言葉を失った直斗は、身動きもできずに彼を見つめ続ける。

 ぼんやりとした眼差しは焦点が合ってはおらず、完全に目が覚めたようではないと分かった。
 けれど確かに樹はこちらを見ていた。

「・・・どうした? 怖い夢でも・・・見た?」
「え?」

 まだ寝ぼけていると分かる、呂律の回らない声。
 まともに返しては完全に起してしまうと、身を翻そうとした直斗の手首を樹に捕まれた。

「ちょっ」

 慌ててその手を振り解こうとするが、それよりも早く引き寄せられて、バランスを失った体がベッドに倒れこむ。

「わっ」

 短い悲鳴を上げた。
 幸い直斗の体が彼にのしかかる事はなかったが、樹の手は相変わらず直斗の手を掴んで離す気配がない。

「先輩、手を離してください」

 困り果てた直斗は、起してしまうと分かっていても声をかけた。
 ところが彼は、手を離すどころか彼女の身体を引き寄せて抱き込んでしまった。

 あまりの事態に目を見開き固まった直斗の頭を、樹の手が緩慢に撫でる。

「・・・大丈夫。叔父さんも・・・俺も、いる・・・から」

 怖くないよ。

 そう言ってぎゅっと力を込められて、そうなってようやく彼が従兄妹にあたる少女と勘違いをしていることを悟った。

 けれど、なぜだろうか。
 心に、暖かい何かがしみこんでくる。

 こんなにも優しく頭を撫でられ抱きしめられたのはいつ以来だろうか。
 両親がまだ生きていて、探偵の真似事が楽しくてならなかった幼い日以来かもしれない。

 もうずっと、忘れていた温もり。

 こちらが抵抗を忘れているうちに、樹は再び深く寝入ってしまったようだった。
 頭を撫でていた手はすでに止まり、緩い拘束に変わっていた。
 そうなってようやく抜け出さなければと思い至る。

「先輩。・・・先輩っ、起きてください」

 いくら声をかけても起きてはくれなかった。

「先輩っ」

 今さらのように触れ合う体温に動揺する。

 何とか動く足でシーツを蹴って身体を離そうとするが、暴れるのが煩わしいのか樹の足が絡んできてその動きを封じ込めてしまった。
 他人の足が己の足に絡むその熱の生々しさに顔が熱くなる。

 いろんな意味で今度こそ動く事が出来なくなってしまった直斗だったが、間近に感じる樹の鼓動が少しずつ彼女に落ち着きを取り戻させた。

「・・・もう、いいや」

 抵抗をするのも疲れて素直に体の力を抜く。
 もし明日の朝までこのままだったら、樹はどんな反応を示すのだろうか。
 それはそれで見もののような気がすると直斗は小さく笑った。

「・・・暖かい」

 きっと、彼は犯人ではないのだろう。
 彼らが語った言葉が理にかなっているからという事だけではない。

 樹から感じる暖かさが、直斗にそれを信じさせた。
 そんな樹を慕う彼らを信じようと思った。

 そして、彼らの語る事実以上の事を知り得る事が出来ないのならば、己に出来る事は一つしかない。

 行動を起すのなら修学旅行が終わってからだ。
 とりあえず今は。と、直斗は一つあくびをする。

 瞼が重くなってきた。
 樹の胸元をぼんやりと眺めながら、明日の朝の事を考えてやはり笑いがこみ上げてくる。

 彼がどんな反応を示すのかを楽しみにでもしていよう。

 ゆっくりと、意識が闇に落ちていく。
 やがて直斗もまた深く眠りに落ちたのだった。









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これにて完結です。
完結まで時間がかかってしまってすみませんでした<(_ _)>
ゲーム本編といろいろ食い違いますがお許しをっ^^;

いろいろ中途半端ですみません〜(´д`)
もしかしたら、おまけをちょこっと、書くかも?