戸惑い2−修学旅行ホテル編2−
予想外の展開になった。
直斗は壁際に設置されたソファに腰を下ろしたまま大きくため息をつく。
本当は、全員の部屋わりが決まった後、引率の柏木先生に同室の者がいないから一人で部屋を使っていいかと問うつもりだった。
それが、何の因果か今一番距離を置きたいと考えていた神凪樹と同室になる破目になるとは。
奥の部屋からシャワーの音が聞こえてくる。
落ち着かない気持ちで周囲を見渡した。
シティホテルのはずなのに、どう見てもそうは見えない内装。
もともとがそういうホテルだったにしろ、経営方向を変えたのならそれに準じた内装にするべきなのにこの有様。
普段の自分だったら、呆れるばかりでこんな落ち着かない気分は抱かないだろう。
けれど、今回にいたっては相手が悪すぎる。
普段ならありえない行動をしてしまう自分。
樹といると、なぜか己を保つ事ができなくなるからだ。
それが嫌でしばらく距離を置きたかったというのに。
だが、そんな事を考えてしまう自分もまた許せなかった。
今、事件の事を聞く絶好のチャンスであるはずなのに、こんなにも逃げ出したい気持ちになるなんて探偵にあるまじきだ。
「・・・そうだ」
ぎゅっと膝の上に置いた手を握り締める。
逃げたい気持ちだろうがなんだろうが、チャンスがあるならものにしなければならない。
確かな情報のない今、決定的な何かを握っているだろう相手を目の前にしているのだから。
改めて決意を胸に頷いた。
ちょうどその時、ふわりと石鹸の香りが届き、樹が風呂から出たのだろうかと顔を上げる。瞬間思考が止まった。
濡れた洗いざらしの髪、滴り落ちた雫が彼の肩を濡らし、雫は彼の何も身に着けていない胸に滑り落ちた。
雫は肌に馴染んで消え、その肌は湯上りのためかほんのりと赤く染まっている。
広い肩や、無駄なものが一切ない、胸や腹。
「!!!」
カッと頬が熱くなった。
「なっ、なんて格好をしてるんですか!!!」
以前は下は穿いていたのに、今はタオル一枚腰に巻いたままの姿を直斗の前にさらしている。
そんな、ほとんど裸同然の姿をなぜ見せるのだろうか。
顔を真っ赤にして叫んだ直斗にしまったとばかりに笑った樹は慌ててバッグをあさる。
「悪い。着替え一切持っていくの忘れてて・・・」
「なんでわす・・・」
と、言いかけて、ふとその腰に巻いたタオルの下がどうなっているのかを想像してしまった。
「っっっっ!!!」
がばりと顔を伏せる。
なんて事を想像してしまったんだと自己嫌悪に陥りながら、直斗はぎゅっと目を瞑った。
「さっさと服を着てくださいっ!」
とにかく早くこのいたたまれない状況を打破したくて重ねて叫ぶと、樹は掴み取った服を持って再び脱衣所へと消えた。
気配がないのを感じ取って目を開けた直斗は今度こそ脱力気味にため息をつく。
「・・・だから嫌だったのに」
こんな風に、男性の身体に女みたく反応してしまう自分。
これが樹じゃない別の男性なら、多少は驚いてもこんなにも動揺なんてしないだろうに。
決意したのに、さっそく向き合う事に挫けてしまいそうだ。
「驚かせてごめんな」
数分後、脱衣所から出てきた樹はしっかりと上下を着込んでいた。
その姿を見て、気がつかれないようにほっと息をつく。
「いえ・・・。こちらも大きな声を出してすみませんでした」
「いや。それは俺が悪かったし」
あはは。と苦笑をこぼす彼。
そして訪れる沈黙。
なぜこんなにも気まずい雰囲気なんだろうかと思いながらも、かける言葉が見つからず自分の膝ばかりを見つめていた。
「・・・白鐘も風呂入ってくれば?」
やがて、そっと声をかけられて顔を上げると、やわらかく笑みを浮かべた樹と目が合う。
「すっきりするよ」
「そう、ですね」
「俺、先に寝てるかもしれないけど、遠慮せずにベッドに入ってくるんだよ」
言われて首をかしげた。
「これだけ大きいんだから、寝相が相当悪くない限り二人で寝たってぶつかったりしないだろうし」
「あ・・・」
今さらになって理解する。
この部屋にベッドは一つ。なら寝る場所は同じという事になる。
樹と同じベッドに、寝る。
思い至った瞬間に再び思考が固まった。
そんな直斗に樹は笑って「大丈夫だよ」と言う。
なぜだか少しどきりとした。
安心させるかのような、優しい声音。
なぜそんな風に言うのだろう。
気になったけれど、思いつく理由がなくて直斗はまっすぐに樹を見詰めて探る。
しかし彼はそんな直斗の視線すら受け止めて、少しばかり胸を張った。
「後輩の寝る場所を取ったりしないよ。俺、寝相はいい方だから白鐘の寝る場所を取らないから、だからちゃんとベッドで寝る事。遠慮してソファで寝てたら怒るからな」
「分かりました・・・」
後輩に遠慮しないようにと先輩としての言葉。
なんだか誤魔化されているような気がしたが、直斗は素直に頷いた。
実際、これだけベッドが大きければ体がぶつかる事はないだろうし、万が一体がぶつかっても、寝ているのならこちらが女である事など気がつかないだろう。
直斗は手元のバッグから着替えと洗面道具一式を持って脱衣所へと向かった。
シャツを脱ぎ、その下のTシャツも脱ぐと胸に巻かれたサラシが現れる。
押さえつけても年々成長を続ける余計なもの。
最近は押さえつけてもどうしても胸の膨らみが隠しきれなくなってきて、僅かに肩を丸めるようになった。
本当は胸を張って、堂々としていたいのに、この余計なもののせいでそれすら出来ない。
胸だけじゃない。
腰もくびれ、尻も丸みを帯びてきてこの男子のズボンが少しばかりきつく感じるときがある。
まだ他の女性徒よりも小さいみたいなので大丈夫だけれど、このまま体が女性的に成長していってしまえばいずれ制服を変えざるをえない。
なぜ欲しい身長が伸びずに身体ばかり女になっていくのか。
「・・・早く成長期なんて終わってしまえばいいのに」
呟いて、零れ落ちるため息。
こればかりは考えていてもしょうがないと頭を振った直斗は、さっさとシャワーを浴びてしまおうと残った衣類を脱いで風呂場へを足を踏み入れたのだった。
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今回はサラシ。