戸惑い2−修学旅行ホテル編1−









「ところでよ、部屋割りどうすっか」

 集団で歩きながら空き室へと向かう。
 女性陣はあっというまに立ち去ってしまい、残ったのは男ばかり四人。うち一人はクマ皮(?)を着たクマだ。
 クマはイレギュラーのため数を入れないにしろ、四人一緒はさすがに狭い。
 二人でひと部屋を使おうという案に残った三人は否もなく頷いた。
 一応は部屋割りをどうするか聞いたものの、適当にあいている部屋に入ろうとした四人は、

「こーらっ! いつまで騒いでいるの! さっさと部屋にはいりなさいっ!」

 二度目の柏木先生の注意にびくりと肩を震わせ、陽介は慌ててクマを近くの部屋に放り込んだ。

「もうっ! 花村くんと巽くはその部屋にしちゃいなさいっ!」

 そういうとつかつかと歩み寄って強引に部屋に押し込む。

「なっ。ちょっ!」
「うおっ!」

 二人は悲鳴を上げながら室内に消えた。

「神凪くんはそっち子と一緒の部屋にしなさいよっ!」
「「は?」」

 呆然と事の成り行きを見ていた樹は目を瞬く。
 同時に背後から聞こえた声に驚いて振り返えると、ロビーに設置されていたソファに直斗が腰をかけていた。

 樹と同じように驚いたように目を見開いていたが、樹と目が合うと僅かに眉を寄せる。

「ほ〜らっ! さっさと部屋に入りなさい! それとも・・・私と同じ部屋にする?」
「や、あの・・・。間に合ってますから!」

 ウインク付きで流し目を送られて、樹は慌てて直斗の手を掴んだ。

「えっ? ちょっ! 何するんですか!」

 騒ぐ直斗を部屋に放り込んで樹もまた室内に入ってしっかりと扉を閉めてほっと胸をなでおろす。

「いきなり何をするんですかっ!」

 部屋に入ったとたん、怒鳴られて樹はしまったと首を竦めた。

「あー・・・ごめん。強引だったよな」

 首元を押さえ、目を伏せる。

「い、いえ・・・。こちらも、強く言い過ぎました。すみません」
「いや・・・」
「・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・」

 ふいに落ちる沈黙。
 直斗とこうして二人きりで会うのは夏休みのあの日以来だった。

「あ・・・。無理やり連れ込んじゃったけど、大丈夫だったか?」
「え?」
「もう部屋が決まっているなら、行っても大丈夫だと思うよ。柏木先生、行ったみたいだから」

 たまたまそこにいたから、まだ決まっていないと決め付けられて自分と同じ部屋になってしまったのかもしれないと思って問いかける。
 すぐに返事が返ってくるものと思っていたのだが、直斗は考えるそぶりを見せてしばしの沈黙を返してきた。
 どうしたのだろうかと辛抱強く待ち続けているうちに、もしかしてなにやら困っているのだろうかと思い至る。
 よくよく見れば、形の良い眉が少しばかり下がり気味だ。

「・・・何かあったのか?」

 直斗はちらりとこちらを見て口を開きかけたが、言葉が発せられぬまま口を閉じてしまった。
 今度こそ目に見えて困っている様子を見せる。

「どうしたんだ?」
「・・・・・・いえ・・・その・・・なんでも、ありません」

 小さく嘆息して、少しの間目を閉じていた直斗だったが、次にこちらを見たときにはいつもの不遜な態度で腰に手を当てた。

「部屋は決まっていませんでしたから、先輩と同室で結構です」

 そう言ってさっさと室内の奥へと向かってしまった直斗の態度の変化に驚きながらも樹もまた室内に踏み込んだ。

「うわぁ・・・」

 そうして目にした光景はとてもシティホテルとは思えない内装で。

「これは・・・すごいな」

 室内の明かりは薄暗く、部屋の中央にあるキングサイズのベッド。
 ベッドヘッドにはなにやら多数のボタンがあり、さらにその壁には大きな鏡。
 奥には浴室があるようだが、なぜか曇りガラスで覆われているのみで、明かりをつけたらシルエットが丸見えになってしまいそうだ。
 ベッドの正面にはテレビがあって、どうもつけても気まずい事にしかならなそうなのは気のせいか。
 万が一、年齢制限がしかれるような内容のものが映っても、直斗とは一緒に見れそうにはない。
 それは彼との間に友好な関係が築けていないから、という問題ではなく、もっと別の、樹自身の心の問題であったりする。

 直斗は男だ。そんなことは分かっているのに、なぜか心臓が不協和音を奏でだすのが原因だったりする。

 それは、あの夏の日の、一瞬の感触。

 華奢で、柔らかくて、・・・可愛くて。
 女の子であれば良いと心の中で願った。

 しかし現実とはかくも残酷で、2学期の始めに再会した時の直斗は男子学生の制服に身を包んでいた。
 これはもう、疑いようもなく男なのだろうと、あの時の衝撃は忘れられない。

 それなのに、男だと分かっているのに、今もなお心臓はその速さを鎮めてはくれなかった。
 少し距離を置いて、気持ちを落ち着かせた方がいいのかもしれないと思っているのに、何のイタズラかこうして同室になってしまった事は果たして幸運なのか。
 樹はベッドに腰を下ろして息をつく。

 ふと視界に入った直斗が微動だにしていない気がして改めて視線を向けた。

「白鐘?」
「!」

 ビクリと肩を震わせてこちらを見たと思ったら、慌てたように顔を背けられてしまう。
 薄暗くてよく分からないが、どうも頬が赤い気がする。
 無理もないな、と樹は小さく笑った。

「な、なんですか!?」

 バカにされたと思ったのが、不機嫌そうに眉を顰める。

「こんな部屋じゃ落ち着かないよな」

 普通の高校生がこんな雰囲気の場所に慣れている訳がないのだ。緊張してもおかしくはない。

「・・・そうですね」

 直斗は口早に言うと隅にあったソファへと腰を下ろす。
 そのまま再び固まってしまった直斗にどう接したものかと考えた末。

「白鐘、俺が先に風呂使っていいかな」

 しばらく席をはずせば落ち着くかと思ったのだが。

「ええぇぇっ!?」

 妙な裏声の反応に、樹は目を瞬かせた。そんな樹の反応に、はっと我に返ったらしい直斗は落ち着きなく首を振る。

「あ! いえ! はい。ど、どうぞお先に・・・」

 妙に慌てた様子に首を振る彼の反応に首を傾げつつ、樹は旅行バッグから風呂セットを取り出して浴室へと向かった。

 脱衣所に入ってまず思ったこと。

 とりあえず脱衣所は壁に囲まれているけど、風呂場は思いっきり向こうに透けて見えるんではないのか、という事だった。
 いくら曇りガラスでも、こちらから見てもなんとなく向こう側が見えるのは問題があるのではないのか。

 思わず頭を抱えそうになったが、お湯を出せばすぐに湯気で見えなくなるだろうと、シャワーコックを捻った。
 案の定、湯気で外の様子は分からなくなり樹はほっと安心をする。
 一緒にいるのが陽介や完二ならまだしも、やはり直斗が外にいると思うと落ち着かないものがあった。

 シャワーを浴びているついでに湯船にお湯を入れる。
 そうしてひと通り洗い終えた頃には良い具合に溜まっていた。

 のんびりと足を伸ばして湯船につかり、はぁっと満足のため息をついて。
 余計な事を考えずに樹はしばしの癒しを堪能するのだった。








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