Sweet -2-
「・・・え・・・っと、おまえらその・・・付き合ってんだよな?」
確認するように問われ、それが直斗との事だろうと思ったので頷く。
帰宅の準備をしていた樹はその手を止めた。
「陽介も知ってるだろ?」
「いや、そうなんだけど」
ぼりぼりと頭をかいて、やはり視線をそらす陽介に眉を寄せる。
「最近さ、直斗と会ってんの?」
「いいや。なんか忙しいからってここの所まともに会ってないかも」
「その忙しい理由って聞いたのか?」
「聞いてない」
「なんで!?」
「なんでって・・・」
えらく喰らい付いてくるなと、やや目を丸くしたものの樹は小さく笑った。
「俺よりも優先するって事は、それだけ重要だって事だから」
「なんかスゲー台詞だなそれ。惚気られてんだかそうじゃないんだか」
「事実だし」
言い切れば、少し呆れたように苦笑を零す陽介だったが、次の瞬間には言いづらそうに言葉を濁す。
「あー・・・もし、だけどよ。もし・・・直斗が浮気してたらどうするよ」
「浮気?」
「もしもだぞ! 直斗に限ってそれはないと思うが、もしも、そうだったらどうする?」
ありえない仮定に、樹はため息をつく。
「もし、俺以外に好きな人が出来たなら、きっと、直斗から言うよ。ちゃんと、けじめをつけてその人の所に行くはずだ」
そんな未来、来て欲しくはないけれど、絶対にないとは言い切れない。
真面目な直斗の事だから、きっとちゃんと樹に他に好きな人ができたのだと話すだろう。
だから、浮気と言う浮気はないと思っている。
「・・・信じてんだな」
「信じているっていうのかな。ただ・・・俺がそう思いたいだけなのかもしれないけど」
「そっか・・・」
そのまま黙り込んでしまった陽介を見る。
「さっきからなんなんだよ」
「え!?」
「直斗に何かあるのか?」
「あー・・・」
言葉を濁した陽介は、迷ったそぶりを見せたが意を決したように唾液を飲むとまっすぐに樹を見た。
「最近直斗と完二、よく一緒にいるのを見かけるんだ」
「え?」
「ジュネスにも二人で来てるし、一年の間で噂になってんだって」
「完二と直斗が?」
目を見開く。
完二が直斗に好意寄せいている事は、当人同士以外の特別捜査隊メンバーの周知の事実だった。
正直なところ、結果的に抜け駆けするような形で直斗に接近した樹にとって彼女の件は少しばかり後ろめたい感情を持っていた。
直斗を好きになった事。
想いを伝えた事。
それらを後悔した事はなかったけれど、彼女と付き合う事になって、それを正直に完二に言う事ができず、ずっと隠してきた。
直斗と樹が付き合っている事は、おそらく完二以外の全員が知っているだろうけれど、誰も完二に二人が付き合っている事を言っていないはずだ。
みんながみんな、彼には言いづらかったのだろうから。
そして、当の直斗はというと、完二の気持ちには一切気が付いていないようだった。
ずっと、女である自身を受け入れられないでいた直斗が、恋愛対象になるとは思いつかないのだろう。
樹の時だってそうだった。
樹の気持ちに欠片も気が付かなかった直斗。
やはり直斗以外のみんなが気が付いたのに、彼女だけは気が付かなかった。
気持ちを伝えて初めて、彼女は樹の事を意識したのだから。
もし、完二が直斗に想いを伝えたら、彼女はどう思うのだろう。
樹の時と同じように彼を意識しだすのだろうか。
「・・・大丈夫か?」
心配そうにこちらに視線を向ける陽介に首をかしげる。
「何が?」
「なんか、ショックとか受けてねーかなぁって」
「ショックなんて受けてないよ。ただ、少し驚いたくらいで」
「本当か?」
「しつこい」
キッと睨み付けて黙らせて、樹は席を立つ。
「直斗が完二と一緒に行動しているのは何か理由があるんだろ? 浮気以外のね。噂にいちいち左右されていたらキリがないよ」
「すげー自信だな」
「まあね」
不適に笑う。
「じゃ、俺は帰るけど、陽介はどうするんだ?」
「うおっ! 俺も帰るよ! 一緒に帰ろうぜ」
「んじゃ、下で待ってる。早く来いよ」
「お〜!」
陽介を置いて昇降口へと向かう。
下駄箱の戸を開けようとした時、直斗から貰った腕時計についたメーターが3メートルと表示されている事に気がついた。
近くに直斗がいると周囲を見渡すと、昇降口を出た先に帽子を被った小さな人影が見えて自然と笑みが浮かぶ。
だがその隣にいる金髪の背の高い男と並んで歩く姿を見て、胸がツキリと傷んだ。
「わりぃ。待たせた!」
歩き去る二人を見送っていた樹の肩を待ち人が叩く。
「信じていても、いざ目にするとやっぱクルもんだね」
「は?」
訳が分からないと目を丸くする陽介に淡く笑みを浮かべる。
「なんでもないよ」
「? よくわかんねーけど、どっか寄ってくか?」
「そうだね」
少し気晴らしをしたい気分だった。
信じているのに、どうしてこんなにも気持ちが落ちてゆくのか。
そんな樹の様子に気がついていない陽介がふいに声を弾ませた。
「そういや、もうすぐバレンタインだな!」
「ああ。もうそんな季節だっけ」
「なんだよ。冷めた反応だなぁ。彼女持ちは余裕か!」
「余裕ってなんだよ」
「本命チョコを確実に一つはもらえるじゃねーか」
「本命チョコは一つで十分じゃないか」
「そーじゃねぇって。女の子からチョコを最低でも一つもらえるじゃねーかって言ってんの」
「そもそもチョコは好きな人から貰えれば十分だろ」
「そりゃそうだけど! それだけじゃなくて、やっぱたくさん貰いたいだろ!」
義理チョコをたくさん貰っても返すのが大変なだけな気がするが、本人がそれでいいのなら何も言うまいと樹は苦笑を零す。
「そうか・・・。もうバレンタインデーの季節なんだな」
改めて呟いて、空を見上げた。
脳裏には先ほどの直斗と完二が並んで歩く姿が浮かぶ。
陽介には余裕めいた言葉を言ったが、いざ二人の姿を見たら不安が心を蝕んだ。
直斗が樹を想っていてくれている事を疑いはしない。
けれど、絶対に心代わりをしないという保障はどこにもない。
完二がいい奴だと知っているだけに、その不安は大きくて、樹は密かにため息をついた。
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