Sweet -1-
フォンダンショコラ
チョコレートケーキ
ガトーショコラ
生チョコ
ブラウニー
ザッハトルテ
チョコレート味のクッキー・マフィン・スコーン・ババロア
etc・・・
本を開けば、開いた本の数だけあらゆるアレンジの施されたレシピが並んでいる。
あの人が喜んでくれるのはどれなんだろう?
直斗は数冊の手作りお菓子のレシピが載った料理本を机に並べた。
今まで、女の子らしくお菓子作りに励んだことがないが故に、何を選んだらよいのか分からなくて頭を抱えた。
2月14日まで後2週間。
バレンタインデーのチョコだけはどうしても手作りのものを渡したかった。
なぜならば、クリスマスイブの日、一緒に食べたケーキは樹の手作りだったから。
女の意地。なのだろうか。
女である直斗よりも男の樹の方が家事全般優れているのが悔しくて、何もできない自分が恥ずかしかった。
料理はできなくても、せめてお菓子作りだけは上手くできるんだって、アピールしたいのかもしれない。
でも実際は家事なんて自分でほとんどしたことがない。
樹と出会って、好きになって初めて、彼の為に料理やお菓子作りを覚えたいと思った。
だから、女の子から男の子にチョコを渡すというのが定番のバレンタインには、誰よりも上手に誰よりも喜んでくれる手作りのチョコレートをあげたかったのだ。
・・・・・・だったのだけど。
「こんなにたくさんのレシピがあるなんて知らなかった・・・」
直斗は大きくため息を吐いたのだった。
「ど、どうしたんだ?」
バレンタインデーまで後一週間の放課後の教室。
聞き覚えのある、けれどこの教室では聞かない声に視線を上げた。
「巽くん」
強面だけど本当はとても優しい心を持っている彼は、なぜかいつも直斗に話しかけてくる時はどもりがちだった。
りせや神凪に話しかける時のような勢いがないような気がするのは気のせいだろうか。
「な、なにか悩み事か!? オ、オレで良ければ相談にのるぞ!」
ダンッ!と勢い良く両手を机について身を乗り出して来た完二を身を反らして避けたけれど、直斗は完二が器用な事を思い出して逆に彼に身を乗り出した。
「あのっ!」
「うおっ!」
今度は完二がガタリと身を反らして大げさに仰け反る。
だが、そんな事は気にせず直斗は立ち上がった。
「巽くん、聞いてほしい事があるんだ」
「な、なんだよ」
自分から相談にのるといっておきながらなぜそんなにも消極的な表情をするのか。
それに、妙に顔が赤い気がする。
本当に大丈夫なのだろうかと様子を伺うと、完二は気を取り直したように姿勢を正すと「まかせろ」と大きく頷いた。
「んで、どうしたんだ?」
通学路にある河川敷の東屋だと樹に会ってしまう可能性があるので、少し歩くがジュネスのファーストフードまでやってきた直斗と完二は向かい合って座る。
「実は・・・」
恥ずかしかったが、この際そんな事に構ってなどいられないと口を開いた。
「バ・・・バレンタインのチョコの事なんだけど・・・」
「チョ、チョコ!」
座ったばかりだというのにガタリと大きな音を立てて立ち上がった完二に目を丸くする。
「どうしたの」
「い、いや」
コホンと不自然に咳払いする彼の顔は赤くて、もしかしてカゼをひいているのだろうか。
「巽くん、体調が悪いならやっぱり・・・」
「いやいやっ! 大丈夫だから気にすんな!」
大げさなぐらい首を横に振る。
「んで! チョコがどうした!」
本当に大丈夫なんだろうかと思いながら再び口を開いた。
「先輩に・・・チョコをあげたくて・・・でも、何をあげたらいいのか迷っているんです」
「せ、先輩!?」
「う、うん。・・・その・・・神凪先輩なんだけど・・・・・・」
かぁっと頬が熱くなる。
こんな事を、自分から誰かに言うなんて初めてだと直斗は気恥ずかしくて顔をそらしたものの、何かしらのリアクションがあると思っていた完二は「・・・先輩、に・・・・・・」と、ぼんやりと言うよりも呆然と呟いたきりだったので拍子抜けしてしまった。
「えーと・・・話を続けていいかな?」
俯いたまま動かない完二に改めて声をかけた。
彼は、ハッとしたように顔を上げると大げさなぐらい大きな声で返事を返す。
「お、おうっ! いいぞ! 聞くぞっ!」
先ほどから様子がおかしい気がするが、完二が平気だと言うので話を続ける事にする。
「えっと。・・・それで、先輩って、どんなチョコレート菓子が好きかしってる、かな?」
「うーん・・・。これっていうのはしらねぇなぁ。あの人何でも食うだろ? 直斗があげたもんならなんでも喜ぶと思うぞ」
「それはダメなんです!」
「なんでだ?」
「だ・・・だって・・・、クリスマスに食べた先輩の作ったケーキがすごく美味しくて、僕もそれに負けないくらいのチョコレートのお菓子を作りたいんだ」
「先輩は料理うまいもんなぁ・・・。ん? クリスマスって女子が作ったじゃねーか」
きょとんと見つめられ、直斗はしまったと口元に手をあてた。
イブの日に二人きりで過ごした事はみんなには言っていない。なんとなく言ってはいけない気がして、それ以上に二人だけの秘密にしたくて二人揃って口をつぐんだ。
それなのにうっかりと零してしまうなんてと眉を寄せるが、ここまで来ては話さない訳にはいかないかもしれないとため息をつく。
先輩、ごめんなさい。
心の中で呟いた。
「実は・・・イブの日を先輩と過ごしたんだ」
「な!」
言えば、やはり完二は絶句して固まる。
「その時、先輩が手作りのケーキを用意してくれて・・・すごく美味しかったから、僕も先輩に手作りで返したくて・・・」
「お、おう・・・」
なぜか再び元気のなくなった完二に首を傾げつつ、直斗は続ける。
「でも、僕はあまりお菓子作りってした事ないし、先輩の好みも分からないし・・・。だから、巽くんが知っているなら教えてもらおうかと思ったんだ。それと・・・できたら作り方を教えて欲しいと思って」
ずうずうしいのは分かってはいたが、頼れるのは彼しかいないという少し追い詰められた気持ちでいた直斗は思い切って頼み込んだ。
「迷惑だと分かってる。でも! 先輩に喜んで欲しいんだ!」
目を見開く完二を見つめる。
彼はしばらくの間言葉もなく直斗を見つめ返していたが、やがて小さく息を吐くと大きく頷いてくれた。
「わかった! 直斗がそこまで言うなら協力すんぞ!」
そうと決まればなにを作るか決めるぞ!と、立ち上がる完二に「うん!」と直斗もまた笑顔で立ち上がった。
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