単純な事なのだけど。
誰かを好きだと表す言葉はひどく単純な事なのだけど、その意味はひどく難しいと思う。
傍にいて満たされてそれだけで幸せだけど、少しでも離れれば不安で仕方がなくなる。
自分以外の人に視線を向けているのを見れば、もやもやと気持ちがすっきりしないかと思えば、数多の視線を退けで自分ひとりを見つめられた瞬間にそんな感情吹っ飛んでしまう。
まるでジェットコースターのように感情の波が激しくて、僕はとても付いていけない。
好きだと思う感情は複雑怪奇だ。
「難しい顔をしているけど、どうした?」
一人うんうん唸っている僕を不思議に思ったのか、先輩が顔を覗き込んできた。
僕は近づく顔にドキリとして少し顎を引く。
「いえ、あの・・・なんでも、ありません・・・」
まさか、『好き』という感情について考えていましたとは恥ずかしすぎて言えない。
「・・・何かあったら話聞くよ」
先輩は難題を抱えていると思っているのか、そう言って優しく微笑む。
けして強引に聞き出そうとはせず、僕を尊重してくれるその姿に再び心臓がトクリと鳴った。
じわじわと染み込む暖かさ。
この人の、こういうさりげない優しさが好きだと思う。
ああ、本当に。
たくさんの感情が伴うのに、この感情を表すのなら『好き』の一言しかない。
単純な事なのだけど、ひどく複雑なこの言葉。
配布元:Abandon
Back