だから、嬉しいんだ。
トントン、トン・・・。
まな板が奏でる時々リズムが途切れがちな音。
俺はキッチンにあるテーブルで頬杖をついて彼女の小さな背中を見つめた。
包丁を扱うのに不慣れなのだろう。
不器用に野菜を切っていく姿に指を切らないか心配になるが、それでも、自分のために料理を作ってくれているのが嬉しくてならない。
「先輩・・・、そんなに見ないでください」
眉を下げて、こちらを振り返った直斗。
「なんで?」
「なんでって、見られていると・・・作りづらいです」
「俺は見ていたい」
「先輩・・・」
心底困り果てている様子だが、これだけは譲れない。
「なんでそんなに見ていたいんですか? 失敗してもしりませんよ」
「うーん・・・」
失敗はしたって構わない。
だって大事なのは『俺のために』『一生懸命』作ってくれている事だから。
だから、俺はそれを伝える。
「俺は・・・直斗が俺のために作ってくれている姿を見たいんだ」
「そ、そんなこと言われても・・・こ、困ります」
ぱっと頬を染めてうつむく。
「だめ?」
「・・・だ、だめです! やっぱり!」
恥ずかしそうに首を振った。
どうしてそんなに嫌がるのだろう。
「どうしてもだめ?」
「どうしても、だめ、です」
頑なに首を振り続ける直斗に俺はため息をつく。
「先輩こそ、どうしてそんなに見たがるんですか?」
「直斗が俺のために作ってくれているのが嬉しいからだよ」
さっきも言ったのに、伝わっていなかったのだろうか。
なら、何度でも言おう。
「直斗が俺のために一生懸命料理を作ってくれるから、だから、嬉しいんだ」
俺がどんなに嬉しがっているのか少しでも伝わるようにと彼女を見つめる。
すると直斗は困った表情のままさらに頬を赤く染めた。
「そ、そんな事言われたら・・・だめって言えなくなるじゃないですか・・・」
どうやら俺の気持ちは伝わったようだ。
俺は嬉しくなって頬を緩める。
「失敗しても、知りませんからね」
配布元:Abandon
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