有難う御座いましたーっ!










「ね、千枝。『ありがとう』の語源って知ってる?」

 その問いかけをしたのは、下校中。河川敷を歩いている時だった。
 千枝はうなだれ、首を振る。

「それをあたしに聞きますか・・・」

 そんな千枝の様子が面白くて思わず笑いながら雪子は口を開いた。

「あのね、『有る事が難い』って事なんだって」
「有る事が難い? 難しいって事?」
「うん。滅多にない。とか珍しくて貴重って事でもあるみたい」
「へぇー」
「仏の慈悲など貴重で得がたいものを得ているって事で、宗教的に感謝の気持ちを言うようになって、それが一般的に感謝の意味として広まったらしいよ」
「よく知ってるねぇ、雪子。さすがだなぁ」

 感心したように目を瞬く親友の眼差しがむず痒い。

「私も、教えてもらったの」
「へ? 誰に?」

 純粋な問いかけに、雪子は微かに笑みを浮かべた。

「花村がそんな事を知っているとは思えないし・・・完二くんやりせちゃんも知らなそうだよねぇ。直斗くんとか?」
「ううん」
「じゃぁ・・・」
「うん・・・」

 今はもうこの場所にいないその人。

「みんなと出会えて、初めて『有難う』の言葉の意味を実感したって言うから、どういうことなの?って聞いたら教えてくれたの」
「どういうこと?」
「私たちと出会えて、得難いもの得た。・・・一生のうちに、得られるか分からない本当の絆を、ここで得ることが出来たって」

 思い出すだけでも恥ずかしくなる。けれどこれ以上もないほど嬉しい言葉。

「『有難う』って」

 言えば、千枝は雪子と同じように頬を赤く染めた。

「クッサー! でも! それ、あたしもだな」
「うん。私も」

 顔を見合わせて、照れ笑いをして、この一年で得たかけがえのないたくさんの思いを振り返る。

「なんかさ、あたしも有難うって言いたくなってきた」
「ここで言う?」
「え! ここで!?」
「だめ?」
「ダメじゃないけど、恥ずかしくない?」
「そう?」

 『有難う』と伝えたい人は遠い土地にいる人だから、きっと大きな声じゃないと届かない。
 メールでなんかじゃない。ちゃんと声に出して言いたいから。

「あ〜・・・今ちょうど人いないしいっか・・・」

 ぶつぶつと呟いていた千枝が明るい顔で雪子を見た。
 雪子もまた頷いて、二人はせーので声を張り上げる。




「「有難う御座いましたーっ!」」




 この声は届くのだろうか。
 実際は届いていないのは分かっているから、二人はあまりの無謀さに声を上げて笑う。
 でも、気持ちはきっと彼に届いていると思っていた。

「ねぇ、なんで敬語なの?」
「なんとなく?」
「なにそれっ」

 二人の笑い声は夕焼けの空にいつまでも響いていたのだった。







配布元:Abandon
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