Unexpected Chocolate
最近、友チョコというものが流行っているらしい。
いつもは気にならない女性向けの雑誌を四目内堂書店でちらりと見た時に視界に入った表紙にそう書いてあった。
「友チョコか・・・」
ふと思い浮かんだのは一つ学年が下の男装の女の子。
恋愛感情はない。が。友人としていい関係が作れているのではないか、と俺は思っている。
12月の決戦の時、どうにもならない葛藤を打ち明けた事があったのだ。
正直、あの時の俺はどうかしていた。
連れ去られた菜々子を助け出したものはいいものの、意識が中々戻らず、叔父も菜々子を助けようとして事故に遭い大怪我を負った。
それが俺に想像以上の衝撃を与えた。
たとえ何があっても揺るがないと思っていたのに、どうしようもなく動揺したのだ。
その上、あいつの・・・隠れていた本性を知った時、叔父と菜々子の時と同じくらいに衝撃を受けた。
あいつが見た目どおりの奴だとは最初から思ってはいなかった。
けれど、その本性が俺の中にあるものとあまりにも似ていたから 。
おそらく、俺も一歩道を踏み外していたら、こいつと同じ道を歩いていただろう。
そう思うとどうしようもない程の奈落がある気がして目の前が真 っ暗になったのだ。
そんな思いを、俺はその男装の女の子・直斗に打ち明けた。
いつもなら絶対に話さない事をその時は自然と口にした。
直斗は余計な慰めを言わなかった。ただ、「あなたは彼と同じではない。あなたは、あちら側には行かない」と、そう言っただけだ った。
その時の眼差しのまっすぐさに、俺は助けられた。
それからだろう。
俺が失いかけた心のバランスを取り戻したのは。
そういえば、あの時の礼もしていなかった。
そんなキャラではないのは百も承知だが、いい機会だからこのイベントにのってやろう。
そう決めると俺の行動は早かった。
ジュネスで陽介に冷やかされながら材料を買い、菜々子も叔父に作りたいというので一緒に作った。
あまりの健気さに俺も菜々子のような娘が欲しいとうっかり思ったが、菜々子は一人いれば十分なのでその思いを打ち消した。
そんなこんなで出来上がったチョコレート。
菜々子は溶かしたチョコを型に入れて固めるという簡単なチョコレートを用意して、俺はアマンドショコラを。
単純にアーモンドにチョコを絡ませただけのチョコレート菓子だ。
菜々子にもあげたらとても喜んでくれたので良かった。
美味しいと言ってくれたけれどその時気になる事を言っていた。
友達のだれそれちゃん(名前を忘れてしまった)がアーモンドのアレルギーを持っていてアーモンドのお菓子を食べられないのだと。
直斗はどうなのだろうか。
気にしてもいなかった問題に迷ったものの、とりあえず渡すだけ渡そうと決めた。
ようは気持ちだ。
アレルギーがあるというのなら、次の機会に別のものを用意すればいい事なのだ。
俺は菜々子に言われて簡単な包装するとそれを持って学校へと向かった。
休み時間にでも渡そうと思っていたのだが、予想外に俺は人に引き止められて尽く時間がつぶれた。
俺がそうしたように、他のみんなもバレンタインのチョコを用意していたという話だ。
知り合いならともかく、見も知らぬ相手からのチョコは丁重にお断りをしているものの、それが以外に時間をくう事を一日の半分以上を過ごしてから気が付いた。
後が面倒だから・・・とは言っていないが、適当に受け取ると別の意味で面倒なことになるので断りを入れれば泣かれたり、場合に
よっては受け取るまで離れないとストーカーかと思うほどに付きまとわれたりと、正直、いらぬ面倒を引き起こしていた。
そうして、疲れる一日を過ごした俺は、放課後になってようやく直斗の姿を見つけた。
「直斗」
いつもの場所。
職員室の前の掲示板を見ていた直斗は俺の声に振り返った。
「どうも。お疲れ様です」
以前よりは少し柔らかい口調だが、相変わらず硬い挨拶だ。
変に真面目な直斗を見ていると、どうにもからかいたくて仕方がなくなる。
陽介にはいい加減にしておけと何度か怒られたがこればかりはやめられない。
「直斗、チョコレートは貰ったか?」
「・・・いいえ」
むっと表情がきつくなる。
男装している直斗の事だ。転校してきた頃は男だと思われていただけに、チョコレートの一つや二つ貰ったのではないかと思ったが。
「なんだ。意外ともてないんだな」
「僕を何だと思っているんですか。・・・それに、普通の男子生徒も先輩ほどチョコレートを貰っていませんよ」
「なんだ。貰った事を知っているのか」
「そりゃ、先輩ほど派手な生徒はこの学校にはいませんよ。色んなところで噂になってましたよ。何年何組の誰かが先輩にチョコレートを渡しに行ったって」
「へぇ。俺も有名人だな」
「自覚してください。あなたはこの学校で有名なんですよ」
呆れたようにため息を吐かれて俺は笑う。
「まあいいや。そんな事よりも直斗」
「そんな事・・・ですか」
「アーモンド、大丈夫か?」
「唐突ですね」
「いいから。アレルギーとかはあるか?」
「? いいえ。アレルギーは何もありませんが、いったい・・・」
不思議がる直斗に手を出すように言うと、訝しげに眉を寄せつつも素直に手を出した直斗の掌に可愛らしくラッピングした袋を乗せた。
もちろんそれは先日俺が作ったアマンドショコラなのだが、直斗は険しい表情へと変化する。
「先輩・・・僕、あなたを見損ないました」
「は? なにが?」
突然何を言い出すのかと目を丸くすると、もともと猫目の目をさらに吊り上げて睨み付けられた。
「あなたを想ってあなたにあげたものを人にあげるとはどう言うつもりですか」
誤解をしているらしい。
瞬時に理解して改めて手渡した袋のラッピングを見る。
ピンクと白のチェックのビニールの袋と封をしている同じくピンクのリボンは俺が選ぶにしてはえらくファンシーだった。
チョコを買いに行った時に菜々子が選んでくれた袋とリボンなのだが、確かにこれは誤解をされても仕方がないだろう。
だが、ここで素直に誤解だと言うにはつまらない。
「ま、確かに想いが込められたものを誰か他の人に渡すのは良くないよな」
「そう言っているじゃないですかっ」
「だけど、せっかく貰っても食べられなくて捨てるよりはマシじゃないか?」
「は?」
「想いが込められたものだ。食べたいと思う。けど、どうしても食べられない時だってあるだろう?」
「あ・・・さっきの・・・」
「そう。アレルギーとか。そうなると、だ。症状は軽くてすむかもしれない。けれど場合によっては重症になりかねない物を一か八かで口にするにはさすがに出来ないだろう? だったら食べられる人に食べてもらった方が、貰った方もありがたいし食べ物をむやみに捨てる事もない。いい事尽くしじゃないか」
「で、でも、あげた側の気持ちはどうなんですか?」
「もちろん、受け取っているに決まっているだろ。大切なのは物じゃなくて気持ちなんだから」
「!」
はっとしたように目を見開いた直斗は、次の瞬間には落ち込んだように顔を伏せた。
「・・・確かにそうですね。先輩の言うとおりです。すみませんでした。深く考えもせず、先輩を非難して・・・」
「分かってくれればいいんだ」
もっともらしく頷いて、本当は笑いを堪えるのに必死でしょうがなかった。
「ま。これは俺が作ったものだからアレルギーがどうとか関係ないけどな」
「・・・・・・・はっ!?」
さすがにそろそろ可哀想になってきたので正直にいう事にする。
「これは俺から直斗に、だよ」
「えっ!?」
さっきから反応がおかしくてしょうがない。
「なんて顔をしているんだよ」
「そうさせているの先輩じゃないですかっ」
「確かにそうか」
耐え切れずに笑うと、直斗の頬が徐々に赤く染まっていく。
「あ・・・や・・・えと」
先ほどの活舌はどこに行ったのかとたんに口篭る様子が珍しくて目を瞬いた。
「これ・・・を、僕、に・・・」
予想外の反応に、からかいを口にしようとしたのに言葉が出てこなかった。
大事なものを抱え込むように胸元に寄せた直斗。
今まで見たこともないような表情の笑顔にとくりと心臓が反応した。
「ありがとう、ございます」
「ああ」
頷くだけで精一杯で、そんな俺自身に戸惑う。
彼女は友人としていい付き合いが出来る。そう確信した人だというのに。
一度逸らした目を、再び彼女に向ける。
先ほどと打って変わって機嫌よく笑う。
けれどその頬は変わらず赤く染まっていた。
目が合えば、瞳が隠れてしまうくらい笑みを深めた彼女に、俺は参ったと心の中で両手をあげた。
あの一瞬で変わってしまった。
変わらない。そう思っていたものがいとも簡単に姿を変えてしまった。
揺るがないものなど、変わらないものなどないのだとすでに分かっていたはずなのに。
図らずも本命チョコ(自分が言うと気持ち悪いが)になってしまったと苦笑せざるを得ない。
「あ、あの・・・」
ふいに直斗が大きい声を出した。
なんだと先を促せば、
「僕も、渡したいものが・・・あるんです」
ポケットから出てきた小さな包み。
改めて直斗を見ると、先ほどよりも顔が真っ赤になっていた。
差し出してきた手は僅かに震えていて、これはもしかしてと期待が胸を占めたのだった。
Happy Valentine to you!
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またもや遅くなった時季ネタです。
こちらの二人はコミュは友達で終わったバージョンとなっております。
友達から一歩踏み出した二人。そんなお話。
いつか、主人公が直斗に胸の内を打ち明けた時の話が書きたいのですよ!