ランジェリー☆パニック
今朝、登校前に見たニュースの最後に流れた星占い。
直斗の星座は12星座中最下位だった。
いつもは気にならないそれが、なぜか今日に限って目に入ってしまったのは何かの啓示だったのか。
人間関係に注意してね!
究極の選択を迫られちゃうかも☆
難局を乗り切るラッキーアイテムは・・・。
それでもばかばかしいと、アナウンサーがまだ言葉を続けている間に電源を落とした。
今では、なにが何でもラッキーアイテムとやらを聞いておくべきだったと心底思う。
それがあれば、もしかしたらここまで精神的に追い詰められる事はなかったのかもしれないから。
そうは思っても時既に遅し。
決断の時は迫っていた。
事の始まりは2時間ほど前。
授業が終わり、帰り支度を整えている時だった。
「ねぇ、直斗くん。これから千枝先輩と雪子先輩と買い物行くんだけど、一緒にいかない?」
授業終了後、ひょこり現れたのは隣のクラスに在籍する現役アイドル。そして、共にペルソナを操り連続誘拐殺人事件を解決した仲間である、久慈川りせだった。
「え? 僕もですか?」
直斗は探偵という仕事柄かどちらかというと同性よりも異性と行動する事が多い。
それに本人自身が女性らしさを求めていないからか、自然と同年代の女の子達と距離が開きがちだ。
そもそも稲羽市で起きた謎の連続殺人事件の捜査協力の為に来た上に、この学校に編入する際、女と公言しなかったこともあり男として認識されていたし、特に親しい友人を作る気もなかった直人にとって、りせのような女の子らしい女の子と親しくなるとは思ってもみなかった。
だからこそ、こんなふうに『女の子同士の付き合い』に誘われるとひどく戸惑う。
自分が行ってもいいのだろうか。と。
「何か用事あるの?」
「いえ・・・。特には」
ここ最近、頻繁に放課後を一緒に過ごしている人は、今日は部活なので別行動だ。
特に用事がないので彼の練習風景を見学しに行こうかと思っていたくらいで、特別な用事など何もない。
「じゃあ、いいでしょ? 行こっ!」
にっこりと笑う彼女は可愛らしい。
「は、はい・・・」
ぎこちなく頷いて、果たして自分は彼女達についていけるのか不安になりながら、昇降口で千枝と雪子の二人と合流して共に学校を後にした。
「あー! これ可愛いっ」
「うん、りせちゃんらしいね」
「ほんとだ。このふわふわ加減が『らしい』ね」
「・・・・・・・・・・」
「あっ、これもいいっ!」
「ちょっとハデじゃない?」
「そうかなー」
「こっちなんてどう?」
「・・・それって、千枝先輩の好みじゃないですか」
「あれ? あ、あははは・・・」
「・・・・・・・・・・」
「雪子先輩も赤い服ばっかりじゃなくて、もっといろんな服着てみればいいのに。んー・・・これなんてどうですか?」
「えっ。・・・うーん、ちょっと私の好みじゃないかな」
「そっかぁ、残念。じゃ、こっちは?」
「こ、こんな露出の多い服着れないよ!」
「似合うと思うんだけどなー」
「・・・・・・・・・・・」
早くも、共に来た事を後悔していた直斗は、遠目から3人を見つめていた。
居心地の悪さもさることながら、彼女達のパワーに圧倒されていたと言っても過言ではない。
やはり場違いな気がしてこうして隅に立って早く買い物が終わるのを願うしかなかった。
「ちょっと、直斗くんってばなんでそんな端っこにいるの?」
数分後、りせに隅で小さくなっているのを見つかってしまって直斗は困ったように眉を寄せた。
「いや・・・その・・・・・・」
「もしかして落ち着かない?」
口ごもる直斗の様子で察したらしい。
「は、はい・・・。こういう所は聞き込み以外で立ち寄る事もないので・・・」
誤魔化すのもおかしいと思って素直に頷くと、りせは小さく笑ったようだった。
「そうなんだー。でもさ、これからは慣れるように頑張った方がいいよ」
「え? なぜですか?」
「だって・・・ねぇ・・・」
意味ありげに笑われて、直斗は眉をひそめた。
「ところでさ、直斗くんってブラどんなのしてるの?」
「ブラって・・・ええっ!? きゅ、急になにを言っているんですか!」
「えー、だって気になるんだもん。女の子の自分を否定していた直斗くんだってブラを付けないわけにいかないでしょ?」
「だ、だからって・・・」
かー・・・っと頬を赤く染め、心なし胸元を腕でガードしてしまう。
「どれどれ? おねーさんに見せてごらん」
「ちょっ。く、久慈川さんっ」
腕を掴まれて反射的に振り払おうとするが、そんな乱暴をしてもいいものなのかと迷っている間に胸元のボタンを数個外されて、ひょいっと覗かれてしまった。
「!!」
声も出ないほどのショックを受けて固まっていると、りせはなぜか怒ったような面持ちで顔を近づけてきた。
「ちょっと! なんでこんな色気がないなのよ! スポーツブラってどういうこと!?」
「ちょっと、声が大きいですよ!」
そんな大きい声で言わないで欲しい。
慌ててりせの口元を手で覆う。
「どうしたのー? 二人とも」
騒ぎを聞きつけた千枝と雪子がやってきた。
なんでこんな事になっているんだと、羞恥心で声もでない。
「先輩! これから下着見に行きましょう!」
「え? 下着?」
「どうしたの?」
「いいから。行きますよ!」
「わ・・・わかった」
「うん・・・」
りせの勢いにのまれるように二人は頷き、直斗も引きずられるように店を連れ出された。
「で、なんな訳? って、うわっ。すっごいひらひら・・・しかもスケスケ・・・」
目的のランジェリー店にたどり着くと、それまで黙っていた千枝が棚にかけてあったブラジャーを手に取りながら訊ねる。
それはそうだろう。問答無用で連れてこられれば、どういう事なのか聞きたくもなるものだ。
「直斗くんのブラがあんまりにも色気がなかったんで、これは一肌脱がないとって思って」
「そ、そんなの頼んでないですよ!」
「直斗くんは黙ってて!」
慌てる直斗を押さえつける。
「直斗くんのブラってどんなのなの?」
「スポーツブラです。しかも黒でしっかり押さえつけるタイプ」
「ス、スポーツブラなら私もなんだけどな・・・」
「千枝先輩と直斗くんを同じにしないで下さいっ! ・・・あ! 千枝先輩はカンフーとかするじゃないですか! だからスポーツブラが最適で! えっと、千枝先輩が色気がなくて当たり前って言っている訳じゃなくてっ」
さすがに言い過ぎたと思ったのかりせは慌ててフォローしようとするが、千枝の表情がどんどん暗くなっていくのを見て青ざめる。
「あーんっ! ほんと、変な意味じゃないんですってばー」
「ぶっ。くくく・・・」
そんな千枝とりせのやり取りに雪子が耐え切れないとばかりに噴出し始め、明らかに周囲の視線を集めていた。
直斗はこの隙に逃げ出そうと後ずさりするが、がっしりと腕を掴まれていて簡単には逃げ出せそうにもない。
こんな場所で、たくさんの視線を浴びて、泣きそうなほど恥ずかしい。早く拷問のような時間が過ぎればいいと耐えていると、
「あーもう。りせちゃんの言いたい事も分かったから」
千枝が、苦笑だが笑顔を向けてくれたのでりせもほっと胸を撫で下ろし、事態は沈静化したようだった。
「で? なにするんだっけ?」
「直斗くんのブラを選ぼうと思って」
「なんでまた?」
「だって、やっと女の子の直斗くんも受け入れられるようになったんだから、女の子っぽい下着を一つぐらい持っていたっていいじゃないですか。あ。それとも持ってるの?」
りせの問いにふるふると首を横に振って答える。
「なーるほどね。そういうことなら協力しましょう! ね?」
「うん。かわいいの、選んであげるから」
真剣に頷かれて曖昧な表情しか浮かべられない直斗を気にする事もなく、二人は店内に散っていった。
残るはりせと直斗の二人。
「直斗くんは、フィッティングルームで待ってて」
「・・・あ、あの久慈川さん。なんで急にこんなこと」
直斗がどんな下着を身に着けていようとも、りせが気にする事ではないのに。
そんな直斗の困惑が分かっているかのように、りせは意味ありげに笑う。
先ほどの洋服店でも見た笑みだ。
「わっ」
ぐい、っとフィッティングルームの中に押し込まれ、その弾みでバランスを崩しかけた直斗は壁に手をついて体を支えた。そんな直斗の耳元にこっそりと、
「だって、そんな色気のないブラじゃ、先輩だってがっかりするんじゃないかなーって」
囁かれた発言に頭が真っ白になる。
「へ? ・・・・・・・・・ぇえええええっ!?」
「あははは。直斗くん顔真っ赤! かっわいいっ!」
「く、久慈川さん!?」
「じゃ、ちゃんと待っててねー」
シャッとカーテンを閉められ、閉鎖された空間の中でずるずると床に座り込む。
なんで知っているんだろうか。
みんなの前でそれらしい素振りをした事などなかったのに。
直斗は乱れる感情のままに頭を抱える。
視界の隅に映る人影に気がついてそちらをみれば、そこにいたのは鏡に映った直斗の姿。
みっともないほど顔が赤くなっている自分の姿にたまらなくなって膝に顔をふせた。
ばくばくと心臓がすごい勢いで動いている。
何よりも、その原因はりせの言葉。
「先輩もがっかりするって・・・そんな・・・っ」
それはつまり、見せる機会があるという事を示していて・・・。
「直斗くーん? いい? あけるよ」
こちらが返事する前に開けられたカーテンの先にいたのはりせで。
「なにやってるの?」
きょとんと首を傾げられて、直斗は少し不機嫌そうに口をつぐんだ。
こんな風になっているのはいったい誰のせいか。
「あれ? もしかして拗ねてる?」
「・・・拗ねてません」
「そう? じゃ。はい、これ」
そうして手渡されたのは三種類のブラジャー。
「・・・・・・・・・」
白とピンクのひらひらとリボンがふんだんにあしらわれた可愛らしいそれと、情熱の赤に黒のレースが胸元を飾るセクシーなそれと、明らかにネタなんじゃないかと思いたくなるラメ入りグリーンのほとんど紐のそれ。
あいた口が塞がらないと言うべきなのか、あまりの選択に言葉が出ない。
「直斗くんはどれがいい? 私はこの白とピンクのブラなんだけど」
男の人は清純な白や可愛らしいピンクが好きなんだよ。
なんて明るく言ってくるけれど、正直どれも嫌だった。
「あ・・・あの・・・」
「もちろん、この中から選んでくれるよね?」
「こ、この中からじゃないとだめなんですか・・・?」
「そうだよー。私たちが一生懸命選んだんだもん」
だもん。と言われても無理なものは無理。
なにか解決策はないかと思案していると。
「試着したら見せてね」
なんて有無も言わせぬ迫力でにっこりと笑みを浮かべて、フィッティングルームを去っていった。
「・・・・・・・・・」
なにかの嫌がらせなんじゃないのだろうか。
三種類のブラジャーを眺めながら直斗は立ち尽くす。
ふいに今朝の占いを思い出した。
『人間関係に注意してね! 究極の選択を迫られちゃうかも☆』
「これの・・・事だったの・・・か?」
フルフルと腕が震える。
人間関係に注意。がなにを指しているのか分からないけれど、究極の選択を迫られるかも。は、確実にこのことを指している事は確かだ。
これを乗り切るには・・・。
「クッ。なんで僕はあの時最後まで見ていかなかったんだ!」
今さら後悔が募る。
あの言葉を最後まで聞けばもしかしたらこの難局を逃れられたかもしれないのに。
額から汗が流れ落ちる。
カーテンの向こうではりせたちが今か今かと待ち伏せているのかと思うと、テレビの中でシャドウと戦う方が楽のような気がした。
どうしよう。どうすればいい。
三種類のブラジャーを見る。
やはりどれも身に着けてもいいという気持ちになれない。
そもそも水着姿さえ晒すのに抵抗があるのに、下着姿なんて絶対に無理に決まっている。
「直斗くーん。決まったー?」
雪子の声が届く。
どう返事を返そうかと迷っていると、ズボンのポケットから携帯電話が鳴り響いた。
慌てて、取り出して名前を確認すれば、かの想い人。
迷わず通話ボタンを押した直斗はとにかく叫んだ。
「助けて! 神凪さんっ!」
かくして、直斗の尋常ではない様子に慌てて飛んできた樹のおかげで、直斗はあの三種類のブラジャーの中からどれかを選ばなければならないという事態は避けられたのだが、りせたちに乗せられ悪ノリした樹が直斗のブラジャーを選ぶことになってしまった。
さすがにそれは断れず(惚れた弱み)、彼の選んだランジェリーを上下セットで買った直斗は、耳元でこっそりと囁かれた「今度家に来るとき着てきてね」の言葉に今度こそ撃沈するのであった。
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