お昼休みのランデブー










「なー、おまえと直斗って付き合ってるんだよな」
「付き合ってるよ。陽介だって知ってるだろ」

 昼休み。
 今日は天気がいいからと屋上で二人揃って弁当を広げていた。
 樹としてはこんな寒空の下で冗談じゃないと思っていたのだが、陽介がどうしてもというので仕方なく了承したのだ。
 こんな真冬の空の下、寒さで誰も来ないような屋上で昼食をとろうというのだからなにか話しがあるのかと思ったのだが、陽介のにやけた顔をみてそう難しい話ではないと確信する。 

「ぶっちゃけ、どこまでいった?」
「は?」
「や。だからさ、直斗と、どこまでいったんだよ」

 にやにやといやらしい顔に呆れてため息をつく。

「好きだねぇ、そういう話」
「そりゃな、オトコノコだもん」
「そーだな。うちに来て早々布団の下探り出した時はどうしようかと思ったよ」
「どうしようかと思ったのは俺の方だろ! エロ本があるのかと思えばなんだよ、「子ネコ写真集」って!」
「寝る前に見ようと思ってたんだからいいだろ」
「普通はエロ本だろっ! 意外性がありすぎるんだよ、おまえはっ」
「陽介が安直なんだよ。だいたいベッドじゃなくて普通に床に布団を敷いてるんだぞ? もし菜々子が布団干しに来たら即バレるだろ。そんなバレやすいところに隠さないって」
「なにぃっ」

 くそー、そうだったか!と悔しげに唇をかみ締める陽介に笑う。

「って! 話をそらしたって無駄だからな!」
「あ。やっぱり」

 上手く流されてくれるかと思ったのだが、そう上手くはいかないらしい。
 また嫌な笑みを浮かべ始めた陽介を見て苦笑する。

「どうだと思う?」
「ん?」
「陽介の目から見て、俺と直斗はどこまでいっていると思う?」

 今度はこちらから問うと、陽介は難しい顔をして腕を組んだ。

「うーん・・・」

 そんな陽介を見ながらそんなに人の恋路が気になるものかな、と思いながら樹は缶コーヒーを一口飲む。
 単純に好奇心からなのか、それともその裏になにかあるのか。
 最近の陽介の行動を思い返してみる。
 特になにかあった様子はない。
 いつもどおり、千枝とじゃれあって雪子と二人「しょうがないやつらだね」なんて呆れていた記憶しかない。
 と、そこまで考えて。

「もしかして・・・」

 何もないのが原因か。
 小西先輩の一件以来、どうも恋愛事に臆病になっていた陽介も事件が解決してから少しずつ変わってきている。
 ときおり千枝を優しい目で見ているのだ。
 じゃれあって、毒はきあって、それでも楽しそうな様子は深読みしたくなる何かがあるのは確かだ。
 千枝もまた陽介の事を以前と違って意識しているようだし、傍から見たらもどかしい事この上ない。
 陽介もまたもどかしく思っているとしたら?
 そこまで考えて、樹は首を竦める。
 たとえ自分の方が進展ないからといってこっちの進展具合を聞くものなのだろうか。
 ちらりと陽介を横目で見る。
 彼は相変わらず考え込んでいるようだ。

 ギィと重い鉄のドアが開く音がしたのはその時で、二人は自然とそちらに目を向けると、男子制服に身を包んだ小柄な少年、ではなく少女である直斗が立っていた。
 あまりのタイミングに思わず笑うと、それまできょろきょろとあたりを見回していた彼女がこちらを振り向いて笑った。

「神凪さ・・・先輩っ」
「直斗」

 手を振って応えると、直斗は小走りに駆け寄ってくる。
 そして隣に座る陽介をみて会釈をした。

「どうも。花村先輩」
「おお」

 陽介も軽く手を上げて挨拶をするが、その表情は先ほどの会話を引きずっているからなのかとてもいやらしい。

「いやー。昼休みまでデートか! いいねぇ」
「なっ!」
「陽介」

 からかうな、と睨み付けると陽介は肩を竦めて口を噤んだ。
 それを確認してから直斗に向き直る。

「どうした?」

 問えば直斗は頬を僅かに赤く染めた。

「あ・・・いえ・・・」

 俯いて言いにくそうにしている様子を見ていると、あながち陽介の言う事は間違いではないのかもしれない。

「俺に会いに来た?」

 こっそりと小さな声で問いかける。
 握り締められたままの手を取って下から顔を覗き込めば、直斗は目を潤ませて樹を見つめていた。
 それ見て樹は僅かに驚く。
 あの直斗が、他に人がいるのに反論をしないなんて。

「陽介、ジャマ」
「は?」

 樹は陽介に向き直ると、きっぱりと言い切って立ち去れと言外に込める。

「へーへー。邪魔者は退散するよ。あーったく」

 樹の迫力に押されたのか、慌てて弁当箱を片付けた陽介は手を振って立ち去った。
 そうして二人っきりになってから、樹は直斗を見上げる。

「直斗、俺を探してたの? 俺に、会いたかった?」

 改めて問いかけると、直斗はほんのりと色づいた唇を開く。

「は・・・い・・・」

 頷いて、またぎゅっと唇を閉じてしまう。それと同時に目も閉じてしまって、綺麗な目を見ることができなくなった。
 でも、そんなふうに恥らう姿が可愛くて、赤く染まった頬を両手で包む。

「直斗・・・」

 そうしてそっと呼びかければ、うっすらと開いた目が揺れる。
 背を伸ばし、同時に彼女を引き寄せて唇を触れさせた。

「っ!」

 ピクリと震える体。
 樹はもっとその柔らかい唇を感じたくて後頭部に手を差し込んだ。
 パサリと帽子が落ちる音がしたが今はそれ所ではない。

「ん・・・っ」

 何度も触れさせているうちに、緊張が解けてきたらしい直斗が樹の肩に手を置く。

「直斗、もっと」

 唇を触れ合わせながら強請ると、直斗は少しためらった後に樹の首に手を回した。
 深く重ね合わせて、僅かに開いた隙間から舌を差し込んで奥で縮こまる直斗の舌を絡めとる。
 宥めるように優しくするつもりが、だんだんと熱が高まってきて抑えが効かなくなってきた。
 このまま引きずり倒したくなるような凶暴な本能が顔を覗かせ始めて、樹は少し強引に身体を離す。
 ここが学校である事を忘れ始めていた。

「あ・・・」

 突然の事に目を見開く直斗の唇と己の唇の間からに銀糸が伝う。
 互いに荒い呼吸を繰り返しながら、樹は自分の唇の端から零れた唾液を親指でぬぐった。
 それを見た直斗が我に返ったようにまたカチコチに固まってしまった姿をみて笑う。

「慣れないね、直斗」
「そ、そんなっ・・・急にはっ慣れません!」

 少し拗ねたように顔をそらしてしまった直斗の手を取って引き寄せて、自分の膝の間に座らせる。ついでに落ちてしまっていた帽子も直斗にかぶせず隣に置く。
 背中からぎゅっと抱きしめて彼女の肩に頭をのせた。

「もう何度もしてるのに」
「な、何度してたって・・・緊張しますよ・・・」
「なんで?」

 こうして抱きしめている今も、彼女が緊張で身体を強張らせているのが分かる。
 こうするのも珍しい事じゃないのに。

「あ、あなた・・・だから、に、決まってるじゃないですか・・・」

 首まで赤く染めながらか細く囁かれて樹は笑った。

「そっか」

 愛しくて愛しくてどうしようもない。
 こんなにも誰かを好きになった事、一度もなかった。
 傷つけたくなくて、大切にしたくて、でも同時にすべてを奪って何もかもを自分のものにしたくなる。
 こんな凶暴性も自分の中にあったのかと、彼女と付き合い始めてから知った事だった。

「直斗・・・」

 囁いて、耳の後ろにキスをする。
 本当はうなじにしたかったけれど、あいにく制服が邪魔でできなかった。
 その代わり耳朶を食んでその柔らかさを堪能する。

「か、神凪さん・・・だ、め、です」

 僅かに直斗の呼気が乱れて、樹はしぶしぶ唇を離した。

「残念」
「残念じゃ、ないですよ」
「そうだね。・・・このままだと我慢できなくなりそう」

 言えば、面白いくらい直斗の体が跳ねて笑いが零れる。

「早くそっちも慣れてくれればいいのに」
「む、無理ですっ!」

 きっぱりと否定されて今度こそ樹は声を出して笑う。

「直斗は可愛いなぁ」
「か、可愛いって言わないで下さいっ」
「可愛い。・・・好きだよ、直斗」
「っ・・・。卑怯ですよ・・・」

 身体に回していた腕に直斗手が触れる。
 少しずつ手に力が入っていくのを感じて樹は彼女の頭に頬を寄せた。

「時間まで、こうしていようね」
「・・・はい」

 直斗の体から力が抜け始める。
 そうして寄り添いながら、昼休みいっぱいを過ごして、樹は満たされた気持ちで教室に戻ったのだが、

「で、どうなのよ」
「まだ諦めてなかったのか・・・」

 陽介のこの一言で、余韻が砕かれたのは言うまでもない。









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