想いの矛先










 告白を、された。
 それも憧れていた人に。

 一瞬何を言われたのか分からなくて、思わず、逃げた。

 走ったからだけではない、早い鼓動。
 何がどうなってそうなったのかさっぱり分からない。
 どうしたらいいのか分からなくて直斗はただ自宅の玄関にうずくまって頭を抱えた。

 頬が、酷く熱かった。










「やっほー! 直斗! って、どうしたの?」

 通学途中、後ろから掛かった声に大げさに肩を震わせた直斗は振り返った先にいたのが同じ学年のりせである事にこれまた大げさに息をついた。
 りせからみれば不自然極まりない態度であることは一目瞭然。当然、訝しげに眉を寄せられて直斗は慌てて何でもない風を装うが、もうすでに遅し。
 何かあったと感づいたりせは、興味津々とばかりに瞳をきらめかせた。

「ね。何かあったでしょ? なになに? 何があったの?」
「なっ・・・。突然なんなんですかっ」
「えー。だってさ、声をかけただけで直斗がこんな反応するなんて何かあったに決まってるじゃない」
「何かあったとしても、そんな目を輝かせるような事じゃないかもしれないじゃないですか」

 どうしてそんなに嬉しそうなのか。

「直斗は事件関係だったらそんな風に驚いたりしないでしょ? だったらたぶん直斗にとって思いがけない、思いも知れない何かが起こったんじゃないかなって。・・・たとえば、恋愛事、とか?」

 ビクリと体が震える。表情もいつものポーカーフェイスが出来なくて引きつっているのがわかった。
 ここでこんな反応を返せば正解だと言っているのも当然だと言うのに、先日の動揺を引きずっている直斗の体は素直に反応をしてしまって「しまった」と眉を寄せる。

 案の定、りせは「やっぱり!」とさらに目を輝かせて直斗の肩をつかむ。

「なに? 何があったの? おねーさんに聞かせてみなさいっ!」

 あまりの勢いに目を瞬かせたが、まさか素直に事の顛末を言うことなど出来ない。
 直斗はりせの手から慌てて逃げる。

「な、なんでもありませんから!」

 足早に校舎に逃げ込む。
 もしかしたら教室まで追いかけてくるかも知れないと思ったが、その様子はなくほっと息を吐いた。










 あの日は、怪盗Xの正体に気が付き先回りして捕らえようとした日だった。
 神社に向かった直斗たちの前に現れた黒服の男。
 直斗にしてみれば見知った人だったけれど、彼にしてみればそうではない。
 サングラスを掛け、明らかに怪しい風体の男がナイフを持っていたら警戒をして当然だ。逃げ出してもおかしくはない状況の中で、彼は身を挺して直斗を守ろうとした。
 あまりの事に驚いて、あまりにも危険な選択をした事に腹が立って声を荒げたら・・・告白をされた。

『好きだから』

 あっさりと告げられた言葉に頭が真っ白になって理解することに時間が掛かった。
 結局のところ、理解なんて出来ずに逃げ出したのだが。

 数日たった今も、混乱している。
 あの告白を思い出すだけでも心臓の鼓動が激しくなって息が苦しくなる。頬も熱くなって、自分がずいぶんと情けない顔をしているのが分かった。

 告白をされたと言うことは、答えを出さなければいけないのだろうか。

「僕は、どうしたいのだろう・・・」

 彼を、どう思っているのだろう。

 確かに、憧れていた。
 誤解が解け、真相が分かれば彼らへの印象も変わる。
 改めて彼を見つめれば、己が求めた理想がそこにあって、どうして憧れずにいられるだろうか。
 けれどそれは、異性に対する好意とは違うものだと思っていた。

 認めたくない自分を認めたあの日から、まだそんないに日が経っていないのに、彼は直斗のどこに惹かれたのか。


「あなたはやっぱり、僕にとって計り知れない人ですね」


 答えの出ない謎ほどもどかしいものはない。
 直斗はため息をついて頭を抱えた。










「なーおとっ!」

 昼休み。
 すでに諦めたと思っていたりせが、今朝の続きをしに来ましたとばかりに教室に姿を現した。
 彼女の登場に教室内がざわめく。
 休業中とはいえやはりアイドルであるりせの注目度は高い。数多の視線にさらされて直斗は落ち着かなくなった。

「ね。一緒にお昼食べよ?」
「お、お昼ですか?」

 必要以上に警戒していることを察しているだろうにニコニコと笑うりせに腕を取られる。

「直斗はお弁当? お弁当じゃないなら一緒に購買まで行こうよ。私、買わなくちゃないから」

 まだ返事をしていないと言うのに、強引に引っ張られ話が進んでいく。
 拒絶しきれず結局の所歩き出した直斗にりせは笑った。




「で、何があったの?」

 屋上で一通り食事を終えて一息つく頃、いつ来るのかと構えていた直斗にりせが案の定尋ねてきた。
 直斗はどうかわそうか考えるが、いまいち良い案が浮かばず口ごもる。

「何か困ったこと?」
「え?」

 てっきり恋愛事なのかと朝と同じように目を輝かせるのかと思ったらそうではなく、真摯な瞳で問いかけられてその事に驚く。

「直斗、なんだか一人で抱えそうなタイプに見えたから。・・・私たちで出来ることがあったらちゃんと言ってね」
「久慈川さん・・・」
「なんでも相談のるよー! なんてったって芸能界っていう欲望渦巻く中でやってきたんだしね。いろいろ見てきたし」

 明るく笑ったかと思えばふっと表情を暗くする。

「まぁ、だからこそ本当の自分が分からなくなっちゃったんだけど。・・・でも、ここに来て大事な事思い出したから」
「ええ。そうですね」

 りせの言葉に直斗は頷く。

 見失っていた大切なこと。
 それをこの町に来て、彼らに出会って思い出した。
 認めたくない自分と向き合って、認めて乗り越える強さを手に入れた。

「で? 直斗が今抱えているのは私でも助けてあげられる事?」
「それは・・・」

 いっきに頬が熱くなる。
 まさかその乗り越える手助けをしてくれた人たちのリーダーから告白されましたなんていえない。けれど、その事で悩んでいるのも事実。

 言おうかどうしようか迷った末に、ふっと脳裏に浮かんだアイデアに直斗はそれだ!と内心頷く。
 自分の事として言おうとするから悩むのだ。だったら、他人の事として話せばいい。

「あの、知り合いの、話なんですけど・・・」
「知り合い?」
「は、はい」

 ボロが出ないかとひやひやしつつ言葉を続ける。
 事件での聞き込みや尋問ならこんなに慌てたりしないのにと、内心自分の心の変化に驚く。

「えと。・・・思いもがけない人から好きだと告白されたみたいで・・・その、戸惑っているらしいんです」
「なんで戸惑うの?」
「なんでって、そういう風に見ていないと思っている人から告白されたんですよ。戸惑いませんか?」
「う〜ん・・・。その告白された側はどうなの?」
「え?」
「告白された人は、その人の事、好きなの?」
「すっ! ・・・き・・・がどうかは・・・その、分からない、みたいです」
「ふ〜ん」

 意味ありげな頷きと共にちらりとこちらを見られて冷や汗をかいた。
 バレてないよね、とこちらもりせの様子を伺う。だが、彼女は口元に手をあてて考え込んでいるようで直斗の視線に気が付いていないようだった。
 やがて視線を上げたりせにまっすぐに見つめられてどきりとする。

「確かに、思っても見ない人から告白されたら驚くけど、戸惑ったりは・・・ないかなぁ。告白してくれた人に対してどういう感情を持っているかで、その辺は変わってくるよね」
「そうなんですか?」
「そうなんですかって・・・直斗って思っていた通りニブイんだ」
「そ、そんな事!」
「じゃあ、直斗はその人になんてアドバイスしたの?」
「アドバイス?」
「相談されたんでしょ? 知り合いの人に」
「あ、ああ・・・」

 まさかそう切り替えされるとは思わず、直斗はどうしたらいいのだろうと俯いた。
 そんな様子の直斗どう思ったのか、りせは小さく笑う。

「直斗が、その人になんて言おうと思っていたのかは分からないけど、戸惑うって事は自分の気持ちがはっきりしていないからなんでしょ? だったら、告白された事よりも、自分がどう思っているのか考えた方がいいんじゃない?」
「そう・・・なんでしょうか」
「そうだよー。じゃないと返事できないじゃない」
「どうして、返事してないって・・・」
「分かったか? そんなの簡単! 戸惑っている時点で返事していないのも当然じゃない。もし返事を返していたのなら、『断った』とか、『OKした』とかそういう話になるし、そもそも相談じゃないしね」
「確かに・・・そうですね」
「で? どう思っているの? その人の事」

 優しく問われて、直斗は考える。

「好きであることは、確かですけど・・・それが彼の気持ちと同じものなのかと問われたら、分からないです」
「じゃあ、告白されてどう思ったの? 嬉しかった?」

 そこで初めて、直斗ははっとした。
 自分に告白するなんて思っても見なかったと戸惑う感情の方が強くて、告白自体を嬉しく思ったのかどうかまで考えてもみなかったのだ。

「それは・・・」

 カッと頬が熱くなる。
 嬉しくない、なんて思えなかった。
 それどころか、その辺をのた打ち回りたいくらい恥ずかしくてどうしようもなくて、心がどうしようもなく高揚するのを感じた。

「なんだ。もう答え出ているんじゃない」

 にっこりと笑みを浮かべられて、直斗は慌てる。

「あ、あの! これはその! 知り合いの話ですから!」

 今更もう遅いんじゃないと思うものの、やはり自分のことだとは言えなくて下手な芝居を続けた。

「もちろん、知り合いの話だよね」

 あえて頷いてくれるその表情にバレている事を確信しながら、直斗は立ち上がった。

「そ、それじゃ! 僕、用事があるので。えと、話を聞いてくれてありがとうございました!」

 早口でそう言って背中を向ける。
 校内へと続く扉を開いた時、「頑張ってね!」と声が掛かったがそれに振り返る余裕もなく直斗は屋上を後にしたのだった。










 急いで階段を下りたせいか、酷く息切れをした。
 かつてと同じように、それだけではない激しく脈打つ鼓動に深呼吸を繰り返す。

「これが、『好き』って感情・・・なのかな」

 今まで感じたこともない感情の種類。
 告白をされて戸惑ったけれど確かに嬉しく思う感情があった。

「僕は、先輩が、好き・・・」

 口にしたとたん、すとん、と心の中にしっくりと納まる。
 いつからなんて分からない、けれど怪盗Xを共に追ううちに、一緒にいられる時間がもっと長ければいいのにと願っていた。
 一緒にいれば、自分の中の何かが変わる。それが分かっていたのに、一緒に過ごしたいと思う気持ちを抑えきれなくなっていた。
 この時にはもう、好きになっていたのかも知れない。
 けれど、自分が恋をするとは思ってもいなかったし、相手の恋愛対象になるとも思いもしなかったから気が付かなかった。
 だから、告白をされて初めてその可能性に気が付いて、その辺りの感情に疎かった直斗は戸惑って逃げる事しか出来なかったのだろう。

 そう自分で分析をする。
 答えが見えた事でようやく混乱に渦巻いていた感情が落ち着き始めた。

 気が付いてみれば、なんと単純なこと。
 けれど、ここからがまた難問が待ち構えていたりする。

 告白を受けるという事は、つまりは世間一般の通りで行けば『お付き合い』をするという事。
 自分にそんな事が出来るのだろうかと直斗頭を悩ませた。

「・・・とにかく、できる事からしよう」

 答えが出ないことを悩むよりも、まずは怪盗Xの件を片付けようと直斗はポケットから携帯を取り出したのだった。










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もしかしたら後日修正するかもしれません。
でもって、この流れで続き書くかも?^^;
予定は未定ということで!