もう少しだけ待って










 溺れるほどに貪られて、思考がとろとろに溶かされる。
 最初はこぼれる吐息も水音も何もかもが恥ずかしかったのに、今はそれすら興奮を煽るものでしかない。
 懸命になって唇を追い、舌を追い、交じり合う唾液を飲み込む。

「あ・・・ん・・・」
「直斗・・・」

 背中から服の中に潜り込んできた手の冷たさに体が震える。
 瞑りっぱなしだった目を開くと、そこには獲物を狙う獰猛な肉食のように瞳を光らせた利岐の姿。
 濡れた唇を舐めるのを見てぞくりと背筋が震えた。

「いやらしい顔してるな」

 ニヤリと笑われて直斗が眉を寄せる。

「・・・先輩こそ」

 そっちこそそんな顔をしているくせにと言い返せば彼はただ艶然と笑んだ。

「当たり前だろ。ソウイウコトをするんだからな。ふざけた顔してヤッて欲しいのか?」

 それは嫌だと思いながら口を噤む。

「なら、今みたいな顔してな。正気のまんまじゃ冷めるだけだからな」

 と、再び口付けされる。
 濃く深いキスは慣れない直斗はすぐに快楽の波に呑まれた。
 必死になっているうちに腹部に直接手のひらが触れる感触がしてハッと目を目を開く。

「今度はなんだよ」

 さすがに不満げに眉を寄せられて、直斗はそれとは違う意味で眉を寄せた。

「あ・・・の・・・その」

 どう言ったらいいものかと困ってしまう。
 キスは何度となくした。
 最初は触れるだけの優しいキスも、回数を重ねるごとに深くなってそれと同時に身体を服の上からまさぐられるようになった。
 直斗自身、次第に恐怖よりも興奮を覚えるようになったけれど、直に触れられるのはまた違う。

 『ソウイウコト』をしたいのだろう、と分かってはいるけれど、なかなか心がついていかない。
 それを分かっているのか、口ではなんだかんだと不満を言ってもいつだって直斗を優先してくれていた。
 怖がるそぶりを欠片でも感じ取ればそこでおしまい。だった。今までは。

 でも、今日はなんだか雰囲気が違う。

「・・・やめたいか?」
「あ・・・・・・」

 瞳の真剣さに呑まれて言葉が出ない。
 やめよう。と言わない時点で、今日はこの先を求めているのだと知って戸惑う。

「どうする?」
「・・・やめたいって言ったらやめてくれるんですか?」

 重ねて問いかけられ、震える声で返せば利岐は口を閉ざした。
 緊張が二人を包む。

「・・・わかった」

 しばしの沈黙の後、利岐は小さく吐息を零した。
 そうして着崩れた服を整え始める姿に直斗は目を見張った。

 いつだってなんだかんだと自分の思ったとおりにしてしまうのに、なぜこんなにあっさりと引いてしまうのだろう。

 直斗からも離れようとするその腕を思わず掴む。

「直斗?」

 その目はもう先ほどのように欲に濡れていない。

 なぜ?

 と、直斗は怒りがこみ上げてきた。

「・・・なんで泣いてるんだよ」

 珍しく困ったように笑う利岐に首を振る。

「な、泣いてなんかいませんっ!」

 そう、今自分は怒っているのだ。
 自分勝手に煽って、選択を直斗に任せて、ちょっと怖がったらあっさりと引いてしまった事に。
 嫌だと一言も言っていないのに。

「直斗」

 濡れた頬を両手で包まれて涙を唇で吸われる。

「僕はっ、あなたのことが好きなんです! あなたがくれるものなら、僕は何でも欲しいんですっ」

 利岐のシャツを握り締めた。

「だけどっ、どうしても怖い気持ちのほうが先に来てしまって、逃げ道があるなら逃げたいと思ってしまうじゃないですか」

 語尾が掠れる。
 喉が震えて嗚咽が混じる。

「先輩はずるい」

 呟けばきつく抱きしめられて直斗はその暖かい胸に顔をうめた。

「僕を嫌いにならないで下さい・・・」

 ああ。だからだ。と直斗は納得する。
 どうしてこんなに頭にきたのに、悲しかったのか。怖かったのか。
 拒んで気持ちが離れるのが怖かったのだ。

「・・・誰が嫌いになるって言ったんだよ」
「・・・・・・言ってないですね」
「分かっているんだったら、余計な不安なんて感じているな。そんな事感じている暇があったらさっさと覚悟しろ」

 ぞんざいな言い方なのに、なぜか優しく感じて直斗は自然と笑みを浮かべる。

「・・・はい。分かりました」

 頷くと、腕の力が弱まって髪にキスを落とされたのを感じた。

「ああ〜っ、くそっ。結局今日もお預けかよ・・・」

 小さく呟かれた言葉に申し訳ないと思いつつ、笑ってしまった。
 今はまだ先に進む勇気はないけれど、これくらいならと背筋を伸ばす。

「!」

 そうして触れた彼の唇。
 初めての直斗からのキスに利岐は驚いて目を見開いた後、小さくため息をついた。

「あぁあぁあぁ。ほんとさ、この天然を誰か何とかしてくれ・・・」

 堪えているこっちの努力がとか意味不明な言葉に直斗は首をかしげる。
 利岐はそんな直斗を苦笑しながら見た後、再び腕に閉じ込めたのだった。








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本当はコメディタッチのエロにする予定だったので冒頭の表現がエロ仕様です(笑)
ところが描いてみたら妙にシリアスになってしまったという・・・。あれ?

この主人公は惚れたらとことん相手を大事にするタイプです。
逆にもう一つの主人公はちょっぴり強引。たぶん、この展開だと押し倒してペッティングはするんじゃないかなー(笑)

とりあえず、こっちは我慢の子!