Happiness Life










 思い出すのは、別れの寂しさ。
 いつだって、会えば別れが待っていた。
 ほんの数時間の邂逅。
 少しの間でも一緒にいられるのは嬉しかったけれど、その分、別れが酷く辛かった。
 できるのならいつまでもずっと手を放さないでいられればいいのにと何度思ったことだろう。

 そもそも、出会った時にはすでにカウントダウンが始まっていて、それでも互いに惹かれる事に歯止めが利かなくて、共にいる時間がもう残り少ないと分かっていても手を取ってしまった。
 離れてもきっと、気持ちは繋がっていられる。そう信じたからだけれど。


「直斗、一緒に暮らさないか」
「え?」


 そう誘われたのは、直斗が高校を卒業する一ヶ月前だった。
 大学に合格し、四月から同じ県にいられると笑う直斗に、樹は同じように笑みを浮かべたがしばらく何かを考えている様子だった。
 それから程なくして、先ほどの台詞が彼の口からこぼれたのである。

 直斗は一瞬なんと言われたのか分からずぽかんとしていたが、言われた言葉の重要性を理解したとたん、頬を真っ赤に染めた。

「一緒にいたいんだ」

 真摯に見つめられてどうしてときめかずにいられるというのか。
 こんなにも誰かを好きになれるのかと思うほど、心に深く深く入り込んだ人からのそんな一言に嬉しく思わないはずがない。
 それこそ直斗がずっと思っていることなのだ。
 彼の言葉に、思わずこぼれそうになった涙を堪えながら頷いた。
 その返事を聞いた時の、彼の酷く幸せそうに笑った顔を一生忘れられないと直斗は思った。



 それからが大変だった。
 住む所はともかく、互いの保護者に了解を取る事が一番の問題だったのだ。

 いくら恋人同士だからと言って経済力も持たず親の助けの要る学生同士で同棲など許可は出せないと言われたのだ。
 もし、万が一の事を考えた時、責任が取れないうちはだめだと。

 確かにそう言われるのも理解出る。
 経済力を持たず、成人もしておらず、親の助けが要るまだコドモの自分たち。

 男と女で、恋人同士の自分たちはどうしたって触れ合う事止められないが故に、予想外の事態になりかねないのだ。
 どうしたってその可能性はないなどと言えない。

 けれど、そうだとしてももう二人の決意は固かった。
 どんな反対をされても二人は諦めなかった。
 そんな子供たちを見て、折れたのは保護者の方だった。

 こちらの意地もあって、親からの援助は学費のみで生活費はすべて自分たちで何とかすると約束をして、さらに、責任が取れないうちに不測の事態が起こる結果にはしないと固く誓いを立てた。





 そして。






「今日からここが新しい家だ」

 そう言って見上げた先にあったのは小さなアパート。
 けれど、二人だけで始める新生活には十分に思えた。

 トイレバス付きの2Kのアパート。

「さ、行こう」

 促す樹の声に直斗は大きく頷いた。





 運び込んだ荷物を解いて片付けて、あっという間に終わった部屋はほとんど物がない。
 今日からここで二人で生活するんだと思うとどきどきしてわくわくして心が落ち着かない。
 顔もうれしさと気恥ずかしさに顔が緩む。

 こんな顔を見せたくなくて俯き気味になってしまうけれど、樹は気にしたそぶりもなく直斗を手招きする。

 キッチンから直につながっている6畳の部屋にはテレビと小さなテーブル。
 大きなクッションを置いて、ソファ代りに。
 その大きなクッションに腰を下ろしてその足の間に直斗を座らせると、彼は腕を回して緊張する直斗の身体を抱き寄せた。

「せ、先輩っ」

 慌てて腕を振り解こうとするが、樹はさらに腕に力を強くして話す気配がない。それどころか直斗の肩に頭を乗せてしまう。

「先輩…」

 困ったと眉を下げていれば、小さく笑う声がする。

「どうしたんですか、いったい」
「うん。…今日からずっと一緒なんだなって思っただけ」

 そうしたら嬉しくなったんだと優しい声で囁かれて、頬が熱くなった。
 嬉しいのはこちらも同じで、まさかこんな風にしみじみと言われると思っていなかった。

「2年間離れていてずっと辛かったから幸せすぎて怖いな」
「そんな…」
「夢じゃないって、なんか確かめたくなった」

 そうしてまたぎゅっと抱きしめられる。
 その一言に直斗は身体の力を抜いて重くないだろうかと思いながらも樹にもたれかかる。

「夢じゃ、ないです」

 そうしてそっと囁く。

「うん。そうだね」

 もたれかかったことで、樹の顔をしたから見上げる形になった直斗は声同様優しい目で自分を見る彼を目の当たりにしてどきりと胸が高鳴った。

 髪をかき上げられて額に口付けられて、また無言で抱きしめられる。
 直斗の心臓はこれ以上ないほど早くなったけれど、こうしていることで樹が安心するなら大人しくしていようとまだ少し入っていた肩の力を抜く。

 腹部に回された樹の手に手を重ねて、背中にあるぬくもりを感じて。

「僕も、幸せ…です」

 恥ずかしくて少し声が小さくなったけれど、これだけ近いのだ。きっと聞こえているだろう。
 その証拠に唇に温もりが落ちてくる。

 そのまま押し倒されて床の上でじゃれあって、これからずっと一緒にいられるのだと何度目かの実感と幸せに心が満たされるのを感じた。















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サイト独立した時にWEB拍手に載せていた『新生活』の加筆修正版です。
少しはマシに・・・なっているんだろうか?(笑)