放課後デート
「なー神凪。これからなんか食って帰ろうぜ?」
「だめ。今日はデートだから」
「なにぃっ!」
一日の締めくくりであるHRが終了した後、後ろから明るい声が響いた。
そんな陽介に振り向きもせずに答えれば、ガタリと大きな音がしたと思ったら続いてガンっとひどい音と共に「イテェ!」と悲鳴が上がった。
斜め後ろで股間を押さえてぴょんぴょんと跳ねている陽介を見やって樹は呆れる。
「何してるんだよ」
「なにじゃねーよ! いてぇんだよ!」
「そりゃ・・・痛いだろうね」
同じ男だから分かるけれど。
「なーにやってんの、花村」
隣の席の千枝が一連の騒ぎを見ていたようで呆れたような眼差して見つめていた。
「大丈夫?」
「優しいのは天城だけだぜ・・・」
うぐうぐとうめき声を上げる陽介の腰を、一応叩いてあげると「さ、さんきゅー・・・」と今にも消え入りそうな声で感謝された。
ちらりと、腕時計を見る。
待ち合わせの時間までもうまもなくだ。だが、こんな状態の陽介をほっといていいものなのか考えていると、ガシリとすごい力で腕を掴まれた。
「ところで、誰と待ち合わせなんだよ、リーダー」
幾分か持ち直したのか、顔に生気が戻った陽介に問われる。
しかしその必死の形相はいったいなんなのか。
急所をぶつけたからではない気迫を感じる。
「うらやましーじゃねぇか、このヤロウ」
「それが本音か」
「あたりまえだろー! おまえばっかりモテやがってっ!」
「別にモテてないだろ」
「うわっ、うっわ! ちょっ、聞きましたー?」
「花村、うっさい!」
大げさに騒ぎ立てる陽介に再び千枝のツッコミが入った。
「まーでも、神凪君がモテるっていうのには賛成だけど」
ね?と雪子に同意を求めると、彼女もまたこくりと同意する。
「神凪君の下駄箱にプレゼント入れている子、よく見るよ」
「なんだとーっ。俺貰った事ねーんだけどっ!」
「そりゃ花村はねぇ」
「うん」
「あ。なにそれっ。二人揃ってどういうリアクションだ、そりゃっ!」
「そのまんまでしょーが」
「なんですとーっ!」
そのまま恒例の言い合いが始まってしまい、雪子と二人顔を見合わせて互いにため息をついた。
まぁ、二人の場合は喧嘩というよりもじゃれ合いなので気にしなくてもいいのだが。
「神凪君、約束あるんでしょ? 行ってもいいよ。二人ともああなると長いし」
「そうだけど・・・」
「先輩?」
ふいに聞きなれた声に遮られ、樹はその声の主を振り返った。
「直斗」
小柄の少年。いや、本来は少女だが男子の制服に身を包んだ白鐘直斗。
樹の恋人であり、デートの相手だった。
「遅いのでどうしたのかと思ったら・・・」
「もう時間か。ごめん、直斗」
「いえ。なんとなく事態は分かりましたので」
ちらりと陽介と千枝をみてため息を一つ。
「いつもいつも飽きないですよね」
「「なんだとーっ!」」
二人揃っての反論に肩を竦めると、直斗はこちらを見て「行きましょう」と促される。
「おいこら、ちょっと待てちびっ子探偵!」
「誰がちびっ子ですか!」
「直斗・・・」
思わずといった勢いで返してしまった直斗は、瞬間的に頬を赤く染め慌てたように樹の腕を引いた。
「あ。す、すみません。行きましょう!」
「あ。こら!」
後ろではまだ陽介が騒いでいる様子だったが、千枝に引き止められて再び言い合いを始めたようだった。
しばらく引きずられるように歩いていたが、腕を解くタイミングを計ってちらちらとこちらの様子を伺う直斗に自然と笑みがこぼれる。
「いっそ手をつなぐ?」
言えば真っ赤に頬を染めて勢いよく手を離してしまう直斗が可愛い。
「か、からかわないでください・・・」
か細く非難する様子がいつもの毅然とした態度と180度違っていた。
これが、樹にだけ見せる、女の子の直斗。
「俺は手をつなぎたいけどな」
「で、でも。今は僕、男の格好ですよ?」
「構わないよ」
そう。そんなの構わない。
誤解されようとなかろうと、今一緒にいるのは自分が好きな直斗なのだから。
「それに、直斗は有名人だし、女の子なのはみんな知っているよ」
「そ、そうかもしれませんが・・・」
「恥ずかしい?」
「・・・す、少し」
素直に頷いたその姿が可愛らしくて自然と頬が緩んだ。
「な、なんですか?」
「なんでも。・・・どうする? つなぐ?」
「そんな聞き方ずるいです・・・」
差し出した手と樹の顔を交互に見比べて、頬を染めたまま困ったように眉を寄せる直斗。
こちらから手を握ってしまうのは簡単だけれど、ここはあえて直斗に選んでほしいと思うのは意地悪だろうか。
「つ・・・つなぎ、たいです・・・」
「・・・うん」
やがて真っ赤な顔をで俯いてしまった直斗の、ほっそりとした柔らかい手を取る。
触れたとたん、びくりと大げさに身体を揺らす彼女を見つめて、本当は嫌がっていないかと確かめて。
つなぎたいと言われたのに、本当は嫌がっていないのかと不安になる自分に苦笑してしまう。
直斗が慣れない恋愛感情に戸惑うのと同じように、樹だって直斗の一挙手一投足気になっているのだ。
直斗は樹の事を実年齢よりも大人のように見ているようなのだが、実際は一つしか年が違わないのだ。彼女が思っているほど大人ではない。
「行こうか」
声をかけると、「はい」と見上げてくる、そのはにかんだ笑顔にどうしようもないほど愛しさが募る。
家に連れ込んでしまおうかと少しばかり不埒な事を考えて、そういえば今日は母方の叔父である堂島も早く帰宅する事を思い出して諦めた。
「直斗、どこか行きたいところはある?」
「いえ、特には」
「そっか。じゃあ、惣菜大学に寄ってコロッケ買ってから高台に行こうか」
「はいっ」
手をつないでゆっくりと歩き始める。
「なんのコロッケを買うんですか?」
「うーん。どうしようかな。やっぱりビフテキコロッケ? 直斗は?」
「僕は・・・特製コロッケが食べてみたいです。まだ食べた事がないので」
「人気だもんね、あれ。でも、雨の日じゃないと残ってないよ。たぶん」
「え! そうなんですか?」
なんて笑い合いながら他愛のない話をして。
でもそんな他愛のない話が出来る事に幸せを感じた。
二人の放課後デートは始まったばかり。
二人の恋もまた、始まったばかりなのである。
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