なんで、好きになっちゃったんだろう










 最近、困った事になった。
 寄宿先の主で、叔父である堂島遼太郎氏の事を、俺はどうやら好きになってしまったらしいという事だ。

 無精ひげを生やして、態度は粗野だし、口も悪い。
 サングラスでもかけたらどっかのヤクザのようだ。

 ところが、彼はヤクザとは反対の正義感の強い警察の人間で、一人娘とどう接したらいいのか分からない不器用な人間で、そして、亡くなった妻との約束を今でも守っている、優しい人間だった。


 見たこともないような優しい目でコーヒーを入れる姿を見れば、今でも奥さんを愛しているんだなって分かっているのに、どうしてか惹かれてしまった俺の心。

 あの眼差しが俺のほうを向けば良いのにと思った時の驚きが今も忘れられない。


 陽介や完二やクマにいくら触れられたってこんなに息が詰まるほど胸が高鳴る事なんてないのに、彼がさりげなく腕に触れただけで思考が停止してしまうほどだなんて重症すぎる。

 どうして俺は、この人を好きになったんだろう?


「ん? なんだ? 顔になにかついているか?」
「え? えー・・・と、目と鼻と口・・・と眉毛」

 ボーっとしすぎたのか、あまりにもベタに返してしまって俺は誤魔化すように笑う。

「・・・・・・・・・」

 あー・・・。
 この冷たい視線と沈黙。痛いなー。

 コホンと咳払いをして、視線をテレビに向けた。
 ちょうど天気予報が流れて、俺の意識は自然とそちらに集中する。
 しばらく晴れ間が続く予報に密かにほっと胸を撫で下ろしていると、視線を感じで振り返った。

「なに?」
「いや。なんでも」

 どうも、彼は俺が稲羽市で起こっている連続殺人事件に何らかの形でかかわっていると思っているようで、時折探るような目をして見ている。
 実際、かかわっている訳だが、夢物語のような話を大人たちは信じないだろう。
 だからこそ、無言を通す。

 そんな、二人なのに。
 なぜ、恋愛感情が生まれるんだろうね。

 誰にともなく尋ねる。
 もちろん心の中での問いかけに応えるものはいない。

「おい」

 呼びかけられて、目を向ければぽんと頭に手を置かれた。

「危ない事は、するんじゃないぞ」
「・・・はい」
「よし」

 わしゃわしゃと髪を撫ぜられた。
 けして優しい訳じゃないその力。
 けれど。

 とくりとくりと鼓動が騒ぐ。
 そんな目で見るのは反則だと俺は目を伏せた。

「・・・あんまり、そんな顔もするもんじゃないぞ」

 ふいにかけられた言葉に視線を上げるが、彼はそれを避けるようにソファから立ち上がって台所へと向かう。

「コーヒー飲むか?」
「あ。いただきます」

 頷くと、またあの優しい目をしながらコーヒーを入れ始める。

 切ない感情を持て余しながら、それでも俺はあの穏やかな表情が好きなのだと実感する。

 本当、なんでこんな厄介な人を俺は好きになっちゃったんだろう。








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『君を想う5題 』 配布元:空想残骸