ありがとう。










 はぁはぁと荒い息をつく。
 全力で町を駆け抜け、目的の場所に急いだ。

 その日は平日。当然学校もあって、ましてや受験生の樹にとっては一分一秒も無駄にできない大事な時期。

 それでも、何よりも大事な人の、何よりも大事な日だから。

 樹は走る。
 彼女に会うために。



「せ、先輩!?」


 暖かくなってきた春とはいえ、山に囲まれた稲羽町はまだ肌寒い。
 それでも額から汗を流し、まだ落ち着かぬ呼吸のまま呼び鈴を押した樹は、顔を覗かせた恋人の姿を見て思わず抱きしめてしまった。

 当然、恋人は驚きに固まってしまい、その分思いっきり抱きしめて懐かしい香りをかぐ。
 ほっとするのと同時に、少し早く動く鼓動。

 もう、愛しくて愛しくてしょうがなくて、気持ちが溢れてどうしようもない。

「直斗・・・」

 艶やかな髪の毛に頬をすり寄せると、彼女はようやく状況を理解し始めたのか、そっと背中に手が添えられた。

「どうして・・・ここに?」

 掠れ気味の声。

「会いたいからだよ」

 腕の力を緩めて、直斗の顔を見る。
 直斗の目は赤くなっていて、目じりに少し涙が溜まっていた。
 その涙は驚きによるものか。それとも樹に会えた喜びからなのか。
 喜びならいいと願いながらそこに唇を寄せて、また抱きしめて。

「それと、伝えたい言葉があって」
「それなら、電話でだっていいじゃないですか」

 なにも、受験生の身でこんなところまで来るなんて。

 小さく呟かれた言葉に首を横に振る。

「だめだよ。会って言いたかったんだ」
「そこまでして言いたい事ってなんですか?」

 本気で分かっていない様子の直斗に樹は小さく笑う。

 なんでこう、自分の事には鈍いのだろう。
 そこがまた愛しいのだが。

「なんですか?」

 少しむっとしたような声に、樹は少し慌てる。
 せっかくの日に怒らせてしまってはだめだ。

「なんでもないよ」

 笑ってごめんと、髪に口付けると、直斗は耳を真っ赤にしながら樹の肩口に額を強く当てた。

「・・・お、怒っていませんから」

 もごもごとこもった声にまた愛しさが募る。


「それで・・・いったいどうしたんですか?」
「うん・・・」

 樹は直斗を見つめた。
 彼女は少し不安げな表情をしてる。そんな直斗に笑みを浮かべた。

 不安にさせるために来たんじゃないんだ。
 言いたかったのはたった一言。




「誕生日、おめでとう」




「・・・え?」

 目を見開く直斗。
 そして次第に頬が赤く染まっていく。

「知って、いたんですか?」

 そうして、綺麗な顔を歪ませて、目じりから涙が流れた。

「あたりまえだろ」
「だ、だって・・・僕、一度も言ったことなんてなかったのに」
「うん。勝手に調べたんだ。ごめん」
「なんで黙ってたんですか?」
「驚かせたかったら、内緒にしてた」
「そんなっ! こっちがどれだけ心臓が止まる思いをしたと思っているんですかっ!」

 どんっと、胸を強く叩かれて少し咽る。

「ごめん」

 泣きそうになってた顔を思い出す。
 そういう理由だったのかと思って樹は少し申し訳なく思う。

「こんな・・・大事な時期に・・・こんな・・・。僕の、ために・・・・・・」

 嗚咽が響く。

「会いたかったんだ。直斗の生まれた日に」

 ぎゅっと抱きしめて、直斗の存在を感じ取る。

「直斗がいなかったら、俺はこんなに誰かを好きになれなかったかもしれない。こんなに、大切にしたいと思えた人に出会えた事って奇跡だと思うんだ」

 何よりも、誰よりも愛しい人。
 彼女の為ならば何でもできる。そんな気さえしてくる。

「直斗。生まれてきてくれて、俺と出会ってくれて、俺を好きになってくれて・・・ありがとう」


 心を込めて、伝えたい。
 愛しい人よ、俺のそばにいてくれてありがとう。









 直斗の手が、樹の背中に伸びる。
 これ以上ないほどの力で抱きしめ返されて、樹は幸福に笑みを浮かべた。








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今さら感がただよう直斗生誕話(笑)
遅くなってごめんよ!

直斗、誕生日おめでとう!
大好きだよ!