そばに










「あ。ゲオルグ、年が明けたよ」

 カラーンと鐘の音がどこからか響く。
 新年を知らせるその鐘を合図に港から大きな花火が打ちあがった。
 赤・青・黄・白。
 あらゆる彩の花火が夜空を彩り、その美しさに僕は目を奪われた。
 街中から歓声が上がって僕の気持ちも高揚する。

「おい。そんな格好じゃ風邪を引く。何か上を着ろ」
「うん」

 頷きはしたものの、僕はそんな事よりも花火を見たくて上着を着る事はなかった。

「…まったく」

 しばらくして、ゲオルグの呆れる声と同時に背中から抱きしめられて僕はビクリと体を振るわせた。

 大きくて筋肉質で、熱い、その素肌。

 そう。僕たちは互いに衣類に身を包んではいなかった。
 直接感じる熱に僕はすでに花火どころではなくなって、騒がしくなった鼓動を落ち着けるために目を閉じる。

「年が明けたのに挨拶もなしなのか?」

 耳元に吐息と共に囁かれてぞくりと背筋に痺れが走った。

「ごめ、ん」

 そう言うので精一杯で僕は息を吐く。
 そうしないと熱が体に溜まっていきそうだった。

 いたずらな手が僕の体をたどる。

 先ほどまで熱を共有していた体は、灯がともるのも早くて僕は堪らずに喘ぐ。

 そうして、なし崩し的に始まった行為に夢中になりながらも垣間見えた花火はやっぱり綺麗だった。










「ゲオルグ…」
「ん?」

 逞しい体に寄り添いながら僕は彼を呼ぶ。
 花火や、その後の行為に忘れてしまった大切な言葉。

「あけましておめでとう。今年の初めから一緒にいられてすごく嬉しい」
「ああ。おめでとう。…そうだな。俺もだ」

 額に口付けられて、互いに笑みを浮かべる。

「こうして、一緒にいられるなんてなんだか夢みたいだ」
「大げさだな」
「そうかな…」

 風のように一つ所に留まれぬ貴方と共にいられるのは、後どれくらいだろう。
 いつか、離れる時が来るのだろう。
 望まずとも、その時がくる事が僕には分かる。

 その時を正面から受け入れられない今は、ただ、目を瞑ってこうして寄り添っていられる。
 もし、正面から見つめてしまったら、その時はー…。


「離れたくないな」

 肩口に額を擦り付けながらポツリと呟いた言葉にゲオルグが苦笑する。

「今更誘うのかお前は」
「え?」
「……まったく、無自覚は怖いものだな」

 訳が分からなくて首を傾げる。

「今年はその辺の自覚を持ってもらわんといかんな」
「分かるように言ってよ」
「俺は言葉は苦手だ」
「態度でなら分かるように教えてくれるの?」
「お前がそれでもいいなら俺は構わん」

 至極真面目に言うものだから僕は「じゃあ教えて」と言ってしまった。
 そして、直後に後悔をする。

 再びのしかかって来た巨体に瞠目し、あれよという間に追い上げられて、そこでようやく理解をした。

「ちょっ! もう、無理だってば!」
「教えてくれと言ったのはお前だろ?」
「も……っ」

 思わず僕は叫ぶ。

「この絶倫っ!」
「男冥利に尽きるな」

 はっはっは。
 と、堪える様子もなく豪快に笑うゲオルグを睨み付ける。

「ば、かぁっ…! んぁっ」

 結局の所、拒みきれない僕もまた大概なのかもしれない。
 ゲオルグもそれを分かっているだろうけれど、そんな事わざわざ口にしてなるものか。

 ああ、もう。
 ああ。本当にもう。
 後悔先に立たずとはこの事だ。

 なんで新年早々後悔なんてしなければならないのか。





 結局僕らは、夜が明けるその時まで互いの体温に夢中になっていたのだった。








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