掌の温度が緊張を溶かす。










 心臓が、壊れそうだった。

 抱きしめられて、口付けられて、ベッドに押し倒されて、服をたくし上げられて肌を辿る唇。
 ガチガチに固まったぼくの身体。

 だ、だって・・・しょうがないんだ。
 こんな風に触れられるのは、初めてだから。

 抱きしめられた事や、口付けを交わしたことは何度かあったけれど、こうして素肌をさらして触れられたことなんて一度もない。
 想いを交し合ったもの同志が営む行為も知識として知っていたけれど、まさか自分が経験する日が来るなんて思ってもみなかった。

 怖い・・・。

 未知なる感覚が体の奥底に目覚めようとしている。
 飢えた獣のような目をしているゲオルグも怖かった。

 ぼくを食べるかのように今までした事もない激しい口付けをされて。
 今だってぼくの胸を舐めたり噛んだりしている。

 怖いよ・・・。

 ガクガクと震える体。
 いっこうに緊張が溶けないぼくに気がついたのか、ゲオルグが身を上げた。

「・・・ファルーシュ、止めるか?」
「え?」

 見上げた彼の目に僕は驚いた。
 だって、先ほどまでの荒々しい様子はなくなっていたんだもの。

「嫌なら止めるぞ」

 静かな、不自然なくらいの静けさでぼくに問う。

 どうして?

 ぼくは止めると言われてほっとするどころかなぜかすごく悲しくなった。
 涙が溢れそうになったけれど、必死に我慢して彼を見つめ続ける。
 ゲオルグにどう答えたらいいのか分からなかったから。

「なんて顔をするんだ」

 困り果てた顔。
 ああ。結局僕はゲオルグに迷惑をかけてしまうのか。
 我慢していたのに、ついに涙が溢れてしまった。

 もっと、彼に嫌われてしまう。
 それは嫌だ!
 なのに、涙が止まらない。

「ファルーシュ・・・」

 ぐいっと身体を起されて、ぼくはその広い胸の中に閉じ込められた。

「そんなに嫌か」
「い、嫌って・・・」

 嫌の意味が分からなくて問う。

「さっきみたいに、身体に触れられるのは嫌かと聞いている?」
「・・・・・・・・・」

 優しく、慰めるように髪と背中を撫でられる。
 ほっとため息をついて身を預けた。
 そうしながら考える。

 ぼくはゲオルグに触れられるのは好きだ。
 ドキドキするけれど、同時にとても安心するから。
 口付けも好き。ゲオルグの誰よりも近くにいるような気持ちになるから。
 さっきだって、怖かったけれどゲオルグに触れられて嫌だなんて思ってなかった。
 だから、ぼくは首を横に振った。

「なら、なぜ泣く」

 少し身体を離されて、目元を拭われる。
 そっと口付けてもくれて、ぼくの胸はまた高鳴り始めた。

「・・・分からない。でも、なんだか悲しかった」
「悲しかった?」

 ぼくは頷いて、どうしようか迷ったけれど怖かった事を告げる事にした。

「ゲオルグに触れられて、嫌だなんておもったことなんてないよ。ただ・・・怖かった」

 ちらりと様子を見ると、ゲオルグは少し考えるそぶりを見せながらもぼくに先を促す。

「ゲオルグ・・・その・・・見たこともないような・・・怖い顔してたし、それに・・・」
「・・・それに?」
「自分がどうなるか、分からなかったから・・・」
「・・・・・・・・・」
「だから、怖くて・・・待って、欲しかった。でも、ゲオルグに嫌なら止めるって言われてすごく悲しくて・・・どうしたらいいのか分からなくて・・・・・・」

 再び目頭が熱くなった。

「そうか・・・」

 そっと、優しく抱きしめられる。

「怖がらせて悪かったな。俺の気が逸っていたせいだな」

 温かい掌で背中を撫でられ、興奮しかけていた感情が落ち着きを取り戻し始めていた。

「気が逸っていたの?」
「ああ。早くおまえが欲しくて、な」

 くすりと笑みを含めた声で言われて頬が熱くなる。

「ほ、欲しいって・・・」
「おまえのすべてだ。・・・心も、身体も、誰かに奪われる前にすべてが欲しい」

 とくとくと、落ち着いたばかりの鼓動が早くなり始めた。

「・・・あ・・・あげるよ。全部、ぼくを・・・・・・」
「怖かったんだろう? 無理をする必要はない」
「無理じゃないよ!」

 今ならきっと、大丈夫だ。
 こうして、ゲオルグの気持ちを聞いた今なら。

 ぼくだって、ゲオルグのすべてが欲しいから。

「・・・でも、きっと緊張しちゃうから、その時は抱きしめて背中をなでていて?」

 恐る恐る、ぼくの方から口付ける。
 男らしく引き締められた唇は、ぼくと同じように柔らかい。

 ゲオルグは驚いたように目を見開いたまましばらく固まっていた。

「・・・おまえにはかなわんな」

 やがて苦笑気味にゲオルグは笑みを浮かべると、ぼくに優しく口付けてそっとベッドに押し倒した。

「今度は止まらんぞ?」
「・・・うん、止まらないで」

 ゲオルグの目がまた獣の色を帯びる。
 けれどきっと大丈夫。
 ゲオルグの掌の温もりがぼくの緊張を溶かしてくれるから。








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