月日は距離を縮めない。
12年前に別れて、そのままずっと行方知れずになっていたあの人が、北の大陸の戦争に参加しているという話を聞いた。
ずっと会いたくて仕方がなくて、けれど、彼に依存していた自分を戒めるために探すことをしなかった人。
でも、この胸を占める想いは何年経っても色あせることもなく、それどころかどんどん深く深く色づいていく。
苦しくて苦しくて。どうしようもなくて泣きそうになる時や、夢でその姿を見ては、目覚めた後の絶望が深くて身動きが取れなくなりそうな時があった。
空や河や地平線を見てもすぐに彼を思い出す始末で、そんなにもぼくは彼に気を許していたのかと驚いたりしていた。
いつだったか、久しぶりにソルファレナにやってきたカイルとの酒の席で、その事をポツリとつぶやいた時があった。
それを聞いたカイルが、『王子はゲオルグ殿を本当に好きなんですね』なんて言うものだから、『父と母の約束を守り、ぼくに心を砕いてくれた人なんだから当たり前じゃない』って呆れた気持ちで答えた。そうしたら『王子のは【恋】って言うんですよ』と返されてひどく驚いたのを覚えている。
カイルの言葉は、動揺する心とは裏腹にすとんと胸の奥深くに落ちてきて、ぼくは『ああ、そうだったんだ』って、年甲斐もなく泣き出してしまった。
ずっとぼくは彼を心の支えにしてきた。
みんなには見せられない弱いぼくを丸ごと守ってくれた人だから、何かあるたびにゲオルグを頼っていたのだ。
ぼくは彼を、尊敬する父の代わりにしていると思っていた。そうでなければこれほど彼に傾倒する訳がないと。
だからこそ、すべてが終わった後、彼を自由にしなければならないという思いから、差し出された手を拒み別の道を歩む決心をしたのだ。
たとえその時、身を切り裂かれそうな思いをしていたとしても。
今でも、あの時の判断は間違いではなかったと思っている。
彼はひとつ所に留まっている人ではないから。
風のように流れる旅人だから。
自分勝手な想いのせいで彼を縛りたくないから。
でも、この想いが【恋】と知ってから、会いたい気持ちがさらに強まってしまったのも確かで・・・。
そんな時、彼の現在の居場所が知れれば、自分の今の立場を放り投げてでも会いに行きたいと思うのは当然の事。
そしてぼくは、それをしてしまっていた。
書置きを残してファレナを飛び出してしまったのだ。
我ながら無責任なことをしていると分かっている。けれど、ぼくはそうせずにはいられなかったのだ。
ねえ、ゲオルグ。
・・・まだ、ぼくのこと覚えてる?
それが、今の一番の不安。
月日はどうしたって二人の距離を縮めることはない。
それどころか、放っておけばどんどん離れていくものだから、ぼくはそれが怖い。
あなたの中でぼくはどんな存在だった?
特別に思ってくれていなくてもいい。
だた、ぼくを忘れないでいてくれたのならそれでいい。
ううん。忘れていたっていい。
こんな奴がいたな。って思い出してくれればそれだけでいい。
・・・・・・少し、寂しいけど。
高望みなんてしないから、だから、どうかぼくの存在があなたの中にひとかけらでも残っていますように。
恐怖と期待と不安が心で渦巻く中、トラン共和国を抜け、サウスウィンドゥ市へと足を踏み入れる。
12年ぶりの再会まで後少し。
・・・ゲオルグ。
ぼくはもう、あなたがファレナに来たころの年齢に近づいているよ。
背も伸びたし、武術の鍛錬も欠かさずしていた。
心は・・・あなたに追いつけた気がしないのだけど、それでも、あなたのようになれたらと思ってずっと目標にしていた。
少しはあの頃のあなたに近づけたかな?
ねえ、ゲオルグ。
ぼくはあなたに会いに来たよ。
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