「次の港で船を降りるから」
「え?」
水面を眺めながら、表情一つ変えずにテッドは言った。
一瞬、何を言われたのか分からなくて、俺はただぼんやりと彼を見つめることしかできなかった。
やがて痺れを切らしたのか、こちらを振り向いたテッドは少し機嫌が悪そうに眉根を寄せていた。
なぜそんな顔をするのだろう。
俺はわからなくて首をかしげる。
しばらく無言で見つめられて、やがて諦めたようにため息を吐いた彼は船室へと続く扉へと歩き始めた。
俺はその後ろについて歩く。
それをちらりと見て、またため息を吐いた。
なぜ、そんな風にため息を吐くのかも、俺には分からなかった。
部屋にたどり着いたテッドは黙々と荷造りをする。
もともと少ない荷物だ。あっという間に終わってしまう。
「いつまでここにいるつもりだよ。他の奴らのところに行ってやらなくてもいいのか」
背を向けたまま、そう告げるテッドに「うん」と頷く。
「おまえに会いたがっている奴はたくさんいるだろ」
また「うん」と頷く。
「おまえは頷くことしかできないのか」
呆れた声に俺は何も返せずに、やっぱり「うん」と頷いた。
だって、それしか出てこないんだ。
さっきから、感情が何一つ浮かんでこない。
俺はリーダーだから、誰かを特別にはしちゃいけないって言われていて。だから、テッドと一緒にいる時間と同じだけ他の誰かと一緒にいなきゃいけない。でも、今は。俺は。
「!」
ふいに、影が降りる。
うつむいていた俺は唇に熱が触れてから初めてその事に気がついて、そして驚いた。
テッドの顔が、近い。
淡い茶色の髪が額に触れる。
弓を引く硬い指が頬に触れる。
「…テッド?」
触れた熱は、テッドの唇だった。
「……おまえさ」
言いかけて、けれどテッドは口を噤む。
俺はただテッドを見つめた。
胸の奥底から湧き上がる感情に戸惑う。
すごく、顔が熱かった。
そしてそれと同時にまぶたもまたひどく熱くなった。
どうして、気がつかなかったのだろう。
こんなにも、荒れ狂う波のように激しい感情があったというのに。
どうして、今になって気がついてしまったのか。
テッドが顔を背けた。
「…次の港で、降りるから」
また、テッドが言った。
「やだ」
思わずこぼれた声に、テッドが苦々しく顔をゆがめた。
「降りる」
「だめ」
「もう決めたんだ」
だったらなんで、キスしたんだ。
どうして気づかせるようなことをしたんだ。
なんだかムカムカしてきた。
だから俺はテッドに思い切り抱きついた。
テッドは驚いて俺の腕を振り解こうとしたけれど、力いっぱい抱きついた俺を引き剥がすことはできなかったみたいで、諦めたように力を抜いた。
「なんなんだ。なんなんだよ、おまえ」
「テッドのせいだ」
「……悪かったよ」
そうテッドは言ったけれど、許さない。
行ってしまうテッド。
引き止めても無理なのは、分かってる。
それでも、少しでも俺との別れを悲しんでくれているのではないかと思ったから。
俺は顔を上げた。
もともとあまり身長が変わらない俺たちの顔は真正面から見つめ合う形になった。
テッドの瞳に俺の顔が見えた。
俺の瞳にも、テッドが映っているのかな。
俺はゆっくり瞬きをする。
テッドは反対に瞬きをする様子もなく俺を見ていた。
ひどく、テッドのぬくもりが欲しくなった。
だから、少し顔を近づける。
テッドは避けなかったから、だから、もっと距離をつめた。
あと少しで触れ合う。
その時、テッドの腕が俺を抱きしめる。
突然の事にそれに気をとられていた俺に激しく口付けてきたテッドが、俺をベッドに押し倒して苦しげにもう一度言った。
「次の港で、船を降りる」
なんで、何度も言うのだろう。
俺は何度言われたって何も言うことはできないのに。
あいしてるあいしてるあいしてた
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