護ると誓いを立てる。










 掌が血に染まる。

 守るべき民を己の手で切り裂き、その命を奪っていく。

 慟哭が、聞こえる。

 嘆きと苦しみと悲しみの声が聞こえる。

 自らが決意した事。

 自らが進むと決めた道。

 だから、僕は迷ってはいけない。

 たとえ、耳の奥から響く恨みの声があったとしても。




「なんて顔をしているんだ」

 はっと顔を上げた。

「ゲオルグ・・・」
「どうした?」
「別に、何も・・・」

 強い意志の込められた眼差しに耐えられず、視線をそらす。
 ゲオルグはしばらくそんなぼくを見ていたようだった。

「・・・命は、重いか」

 そうして尋ねられた言葉にぎくりと心が凍る。
 しかしそれを隠してぼくは彼を見上げた。

「軽い命などあるはずがない」

 きっぱりと言い切ると、「そうだな」と重く頷く。

「だからこそ、ぼくは。・・・私は、覚えておかねばならない。この手で奪ってしまった命を。大切な民を」

「ああ」

 時々こうして深く沈む時がある。
 けれど、私を信じついてきてくれる者たちを放っておく事などできない。

 国を、民を、そしてリムを助けるためならばどんな罵りも恨みも受け止めよう。
 どんな理由があろうとも、人の命を奪う権利など人にはないのだから。
 大義名分を掲げようとも、所詮人殺しに変わりがない。
 けれど。

「私が私を疑ってはいけない。私は私を信じ、私を信じてくれる皆の為に前に進む」

 決めたのだから。
 茨の道を歩むと。



「ならば、俺はお前を護ろう」

 その言葉に私は顔を上げた。

「お前の進む道はけして容易いものではない。どれだけ強靭な心を持ってしても傷つかぬわけがあるまい」
「ゲオルグ・・・」
「お前の進む道を阻むものからお前を護り、お前の願いを必ずや叶えてみせよう」

 あまりの言葉に声を失う。

「・・・そんな事、言っていいの?」
「なに。俺はできない事に誓いを立てはしない」
「誓い・・・」
「なんだ。意外か?」

 首を横に振る。

「心強いよ。・・・あなたがいれば、私は負けを知らないだろうね」

 そうして笑えば、ゲオルグも笑った。
 かと思えば、突然表情を改めて私の前に跪くと片手を取られた。

「俺は、お前を護るとこの命に懸けて誓おう」

 そうして驚く私の目の前で、手の甲に柔らかな感触が舞い降りる。
 その温もりが、私の心を締め付けた。

 嬉しいはずなのに、どこか切なくて涙がこぼれそうになった。
 それを必死にこらえて唇を引き締める。

「ありがとう。けれど、私のために命を落とす事は許さない。私を護りたいと思うのならば、あなたは絶対に生きていなければならない」

 あなたがいなければ、『ぼく』は生きてなどいけないのだから。

「・・・分かった」

 言外に込めた想いを感じたのか、ゲオルグは先ほどとは少し違った表情を見せて頷いて、そして小さく苦笑を零した。

「お前には敵わないな」
「どういう意味?」
「分からなくていい」

 ずるい。ポツリと零して、けれど、先ほどまでの暗く沈んだ気持ちから浮上している事に気がついて私は笑みがこぼれた。

「・・・ありがとう、ゲオルグ」

 あなたの存在は、『ぼく』の心をあるべき元へと返してくれる。

「ん? なんだ?」
「なんでもない」

 ゲオルグが首をかしげる。
 その表情がおかしくて、私はまた笑みを浮かべた。








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