目も合わせられない、話もできない
僕は胸を押さえ、目を瞑った。
だって、視線の先にはあの人がいるんだ。どうして普通の顔ができるだろうか。
あの人。つまりは父上の友人で名高い剣士、ゲオルグ・プライムの事をさす。
僕はどうしてかあの人を見ると心臓がドキドキと早く動いて、呼吸もままならなくなるのか息苦しくなるのだ。
理由なんて分からない。
ただ、いつの頃からかあの人をひと目見ただけで心がざわめいた。
それだけではない。目を合わせれば頭の中がパニックになってまともな言葉すら出てこなくなる。
いくら王位継承権がなくとも王族の一員として最低限の社交性は叩き込まれているのに、だ。
これはどうした事だろう。
目を合わせなければ話せるだろうかと試してみたけど、その人の存在を感じただけでだめだった。
このままでは何一つ話す事ができない。
でも、僕は、あの人の事をもっと知りたいと思っているのに!
「叔母上・・・。僕はどうしたらいいのでしょう?」
困り果てた僕は解決策を求めて母の妹であるサイアリーズの部屋を訪れた。
「何かあったのかい?」
そんな僕の様子に目を瞬く。
「僕、ゲオルグともっと話をしたいんです」
「すればいいじゃないか」
簡単に言う叔母上を少しばかり睨み付けた。
「それができないから、困っているんです」
「どうしてできないんだい?」
「胸が、ドキドキするんです」
「は?」
「顔を見ると、ドキドキしてしまってゲオルグの事を見れなくて、ドキドキしすぎて息が苦しくて、言葉も出てきてくれなくて・・・」
思い出すだけでも鼓動が早くなる。
息が詰まって、苦しくて。
「もっと、知りたいのに。もっと、見ていたいのに・・・どうしてなんでしょう?」
「どうしてなんでしょう?ってあんた・・・」
叔母上は目を丸くして僕を見つめていた。
叔母上の言葉を待って僕も叔母上を見つめていると、彼女は大きくため息をついた。
「よりにもよってあの男ねぇ」
少し難しい顔をした叔母上は、次いで苦笑をこぼすと僕の頭を撫でる。
「可愛い甥っ子の初恋か」
「初・・・恋?」
聞きなれない言葉に首をかしげると、叔母上は優しい笑顔を浮かべた。
「そう。初恋だよ。初めての恋。・・・あんたもそんな年になったんだねぇ」
「・・・初めての、恋」
恋。
頭の中が真っ白になる。
だって恋って男女間の間に起こる事で、僕も男でゲオルグも男なのにそんな事・・・。
「お、叔母上・・・。僕、男ですよ」
「こーんな可愛い顔をしているけどね」
頬を撫でられる。
その手をのけて僕は続ける。
「ゲオルグも、男です」
「そうだねぇ。あんなごつい体してて女だったら仰天だよ」
「お、男同士なのに、こ、恋とかありえるんですか?」
「まぁ、滅多にないけど・・・まったくありえない事ではないだろうね」
「ほ、本当ですか・・・?」
同性同士の恋愛なんて、僕は聞いたことがないけど、ありえない話ではないというのなら僕がゲオルグを好きになってもおかしくないのだろうか?
「本当だよ。・・・ただ、あまり声高には言えない事だけどね」
「そうですよね・・・」
やはり、歓迎はされない事なのだと分かって気持ちが暗く沈む。
そんな僕の頭を叔母上の手が優しく撫でた。
「だけどね、人を愛する気持ちは尊い事だよ。その相手がたとえ異性でも同性でもね」
「叔母上・・・」
「・・・だから、悲しまずに大切にしておやり」
「・・・はい」
歓迎されない気持ち。
けれど、想うだけならば許されるだろうか。
「・・・ところで、あの・・・」
思いがけず、自分の気持ちに気がついてしまった事に話が向いてしまったけれど、もともと僕はその事で来たわけではなくて。
「ゲオルグの事を見て、話をするにはどうしたらいいのか、その解決策はあるのですか?」
「あー・・・、そう言えばそっちの相談だったね」
叔母上はまたも難しい顔で言葉を詰まらせた。
「解決策っていう解決策は・・・ないだろうねぇ」
「そ、そうなんですか! どうしよう・・・」
「とりあえず、抱きついてみたらどうだい?」
「えっ!?」
顔を見ることもできないのに、どうして抱きつくなんて事ができるはずもない。
叔母上の無茶な提案に僕は首を振った。
「む、無理です!」
「大丈夫だよ。やってみな。言葉が出ないなら体当たりでぶつかってみるといいよ」
「そ、そんな!」
「このまんまじゃ、ゲオルグの事なーんにも知る事ができないよ?」
嫌だろ?と問いかけられて僕は無言で頷く。
「行動しなきゃ始まらないんだ。目が合わせられないならそれでもいい。言葉が出ないなら行動でなんらかを示さないと先に進めないんだからね。がんばりな」
そう言うと叔母上はにっこりと笑って励ましてくれた。
抱きつく事は無理かもしれないけど、叔母上の言うとおりこのまま何も話せないままなのは嫌だから、叔母上の言うとおり前に進めるように頑張ろう。
「ありがとう、叔母上」
「あいよ」
頷く叔母上に僕も笑みを返して部屋を出ようとしたのだが、
「あ。ファルーシュ。今回は許すけど、次来た時に『叔母上』って言ったら承知しないからね」
低い声で脅されて、僕は慌ててうなずくとそそくさとその場を後にした。
―・・・そして。視線の先にはかの人の姿。
ああ。ドキドキする。
僕は胸を押さえ、目を瞑った。
だって、視線の先にはあの人がいるんだ。どうして普通の顔ができるだろうか。
でも、今日の僕はさっきまでの僕とは違う。勇気を出して一歩を踏み出す。
たとえ、目も合わせられなくても、話も出来なくても。
彼の事をもっと知りたいから。
最初の一歩を踏み出すのだ。
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