子供の背伸び。










「こら。なにを飲もうとしているんだ、おまえは」

 ごく自然に、酒の入った器に手を伸ばしたファルーシュが、これまたごく自然に口に運ぼうとしたのを見て慌ててその手を掴んで止めた。

「・・・だめ?」

 するとファルーシュは少し拗ねた顔を見せてじっとこちらを見つめてくる。
 彼の故郷、ファレナに流れるフェイタス河のごとく澄んだ青い瞳に見つめられるとつい許してしまいそうになる。
 だが、彼はまだ18になったばかりだ。

「おまえにはまだ早い」
「ゲオルグ。ぼくはもう子供じゃないよ?」
「18はまだ子供だ」
「ゲオルグが18の時はお酒飲まなかったの?」
「・・・・・・・・・・」

 思わず黙り込む。

「なんだ。ゲオルグも飲んでたんじゃない」
「・・・否定はせん」

 言えばクスリとファルーシュは華やかな笑みを浮かべた。

「正直だね、ゲオルグ」

 まったく。なんて顔をして笑うんだ。
 そんな風に笑われたらほだされるだろう。

 俺は思わずため息をついた。

「・・・なぜ、酒が飲みたいんだ? 最近まで興味をもっていなかったろう?」
「だって、一人でお酒を飲むのはつまらないでしょう? ファレナにいた頃は父さんやカイルと楽しそうに飲んでたし、量も今よりたくさん飲んでいたし・・・。ぼくがいるといつも抑えて飲んでいるみたいだから」

 小さく笑うと、まだ手に持っていた酒の入った器を見つめる。

「だから、ぼくが飲めるようになったら、ゲオルグもたくさん飲めて嬉しいかなって」
「ファルーシュ・・・」

 つまりは俺の為に飲もうとしたのか。
 ・・・いかん。うっかり感動してしまったぞ。

「その気持ちはありがたく受け取っておこう。だがな、無理をする必要はない。俺は十分、今のこの時を楽しんでいるぞ」
「本当?」
「ああ」

 澄んだ瞳で問いかけられて力強く頷く。

「そっか。なら今はやめておくね」

 ややあって、器をテーブルに戻したファルーシュは照れたように笑ってこちらに顔を向けた。
 なんだ?と目で問えば、

「・・・ゲオルグに楽しんで欲しかったのは本当だけど、もう一つね、お酒を飲んでみたかった理由があるんだ」
「もう一つの理由?」
「お酒を飲んだら、普段言えないことも・・・言えるって言ってたから」
「何か言いたいことがあるのか?」
「・・・・・・・・・あの、ね」





 十分ためらった後に、そうして耳元でささやかれた言葉は、普段ファルーシュが恥ずかしがってベッドの中でしか、つまりは理性をなくしてからでなければ聞けない言葉だった。


 子供の背伸びも、たまには許してやろうかと思ってしまった事は、俺だけの秘密だ。








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