この恋は、まだ始まったばかり
「ゲ、ゲオルグ・・・」
裾をクイっと引っ張る。
だってまともに顔が見れないんだ。
声だってかすれて、ちゃんとゲオルグに聞こえたかどうか分からないけれど。
「ファルーシュ?」
歩みを止めて、振り返ったゲオルグの声。
低く響いて、ただでさえ震えるぼくの心を強く揺さぶる。
ああ、もう。これだけで息が詰まって苦しいのに、ちゃんと話しができるのかな。
「あ、あの・・・」
「なんだ?」
「あ・・・・・・」
唇が震える。
声を出そうとしているのに、喉がカラカラで出てこない。
「どうした?」
「!」
大きな手が、ぼくの頭を撫でる。
無骨そうに見える大きな手が限りなく優しく触れて、ぼくは思わず彼を見上げた。
「何か用があったんじゃないのか?」
眼帯に隠れていない方の右目が細められる。
「ゲオ、ルグ・・・」
久しぶりにこんなに近くで見た。
ぼくはその金の瞳から目が離せなくなってじっと見つめてしまう。
「あの・・・」
「うん?」
「あなたに、会いたかったんです」
「そうか」
「あなたとお話しがしたくて・・・」
「ならどこかで茶でも飲むか」
どこがいいだろうかと顎に手を当てるゲオルグをぼくはどこか遠いところで見ているような、まるで夢の中のようなふわふわとした気分で見つめていた。
そのせいなのか、
「ゲオルグ・・・」
「なんだ?」
「ぼく、あなたが、好きみたいなんです」
するりと、滑り出した言葉。
ゲオルグの動きが止まる。
じっと、探るような眼差しを受けてようやくぼくは我に返って顔をそらした。
「あっ。いえ、その・・・あの・・・・・・」
まだ裾を握り締めたままだったことにも気がつき慌ててその手を離す。
「ご、ごめんなさい! えっと・・・」
どうしよう。
まさかこんな簡単に『好きだ』なんて言葉が出るだなんて思いもしなかった。
このまま冗談にしてしまうか。それとも本当に告白としてしまうか迷う。
だって告白なんてされてもゲオルグは困るだけだろうし、ぼく自身もまだこの思いに気がついたばかりでどうしたらいいのか分からないのだから。
そりゃ、ゲオルグの事を知りたいと思うし傍にいたいと思うけど、今はそれだけだから。
もし、告白にしてしまってふられてしまったら・・・ぼくはどうしたらいいのか分からない。
生まれたばかりの感情を、自分なりにすべて受け止められないうちに摘み取られたらきっと苦しい気持ちばかりを抱える事になる。
今まで誰かに恋をしたことがないから本当のところは分からないけれど、中途半端になるのもされるのも嫌だから。
「あのっ!」
今は冗談にしてしまおうと、口を開きかけた時だった。
「俺もお前は嫌いじゃないぞ。むしろ好ましいな」
「え?」
腕を組み、口元に笑みを浮かべている彼を見上げる。
「最近逃げられてばかりだったからな。嫌われているのだとばかり思っていたが、そうじゃないようで安心したぞ」
にこっと笑う彼に、ぼくの『告白』の意味に気がついた様子はない。
え? 本当に分かってないの?
逆にぼくがぽかんとしてしまって、ゲオルグがそんなぼくを不思議そうに見ていた。
「どうしたんだ?」
「あの・・・・・・いえ、いいです」
なんだかおかしくなってきて、ぼくは思わず笑ってしまう。
さっきまであんなに慌てて必死になっていたぼく自身がおかしくてならない。
「なにかおかしな事を言ったか?」
「いいえ。なにも。ただ、なにをやっていたんだろうって思って」
「ん?」
「ぼく、バカみたいですね」
変に意識しすぎてゲオルグのたくさんの顔を見逃していた。
「なにかあったのか?」
「何もないです。ただ、気が抜けただけです」
今もゲオルグを見れば、言葉を交わせばこんなに鼓動は早いし、もしかしたら顔も赤くなっているかもしれないけれど。
「ゲオルグ、お茶をするんでしょう? ぼくの部屋に行きませんか?」
あなたの事を少しでも知りたいから、今度はしっかりと逃げずに追いかけよう。
この恋は、まだ始まってばかり。
慌てずに、ゆっくりとこの感情を暖めよう。
ぼくはゲオルグの手に手を伸ばす。
触れる瞬間、緊張に震えた己の手に再び笑いがこみ上げた。
なんで笑ったのか分からなかっただろうけど、笑うぼくを見てゲオルグも口元に笑みを浮かべる。
それがとても嬉しいことなのだと、ぼくはさっそく新しい感情を知ったのだった。
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