傷だらけで微笑む貴方。
その心はすでに限界を迎えているだろうに、笑みを絶やさぬ軍主がいる。
皆を迷わせぬ用に、誰よりも傷ついた、どこよりも柔らかいその場所を堅い殻で覆って見てみぬふりをしている。
幹部連中は皆それを知っていて、やはり見てみぬをふりをするしかなかった。
痛みを堪え、ギリギリの所で懸命に立っているというのに手を差し伸べてやれないのは皆同じ。
あいつは俺たちの希望だから。手を差し伸べて崩れられては道を誤るかもしれない。それを危惧して誰もその心の傷を癒してやることが出来ないのだ。
だが、そんな事、あいつが一番分かっているのだろう。
自分が崩れたら、皆が崩れると。
だからこそ、笑みを絶やさず励まし続ける。
『大丈夫。必ずリムを取り戻す。必ず、ファレナを以前のように平穏な国へと戻そう』
皆はその笑顔に希望を抱き、それぞれに苦しい思いを耐えて立ち上がるのだ。
ならば、あいつを支えるのは誰だ?
「ゲオルグ、どうしたの? 難しい顔をして」
出会った頃よりも幼さが抜け落ちた、抜けざるをえなかったファルーシュの顔が視界に入る。
「いや…」
「何かあったのなら話を聞くよ。…私は、あなたよりも子供でまだ頼りないのかもしれないけれど、少しでも役に立ちたいんだ」
「ああ。ありがとな」
銀の柔らかな髪をかきまわす様に撫でた。
「わっ。もうっ! いつまでも子ども扱いしないでよ」
頬を膨らませ、じとりと睨み付けてくるその姿に年相応のものを見てほっとする。
そんな事、本人には言えない事だが。
「悪いな」
「もう、悪いって思っていないでしょう」
ばれていた様だ。
俺は小さく笑う。
「……でも、本当に何かできることがあったら言ってね」
「分かっている」
頷けば、満足したように笑みを浮かべたファルーシュに愛しさが募る。
こんな感情、罪を犯した俺が抱いていい物ではない。
だがせめてこいつの傷だらけの心を、これ以上傷つかないように守ってやりたい。
「………………何を思っているんだ」
あまりにも都合のいい思いに我ながら呆れ返る。
いずれ、誰よりもあいつの心を抉るだろう俺が、守るも何もできやしないだろうに。
「……また、難しい顔をしているよ」
そっと、手に暖かな感触が触れた。
それがファルーシュの手であることなど分かっていた。
振りほどかなければならないと思うのに、出来ない。
誰よりも護りたいのに、誰よりも傷つけることしか出来ない。
俺は大きく息をついて、ファルーシュに笑いかけて「大丈夫」だと伝えた。
だが、手を離す気配がない。
どうしたのかと伺えば、ファルーシュは儚く笑みを浮かべた。
「ゲオルグって辛い時ほど笑うよね。ぼくを心配させないように」
「!」
「ぼくは大丈夫だよ。ぼくにはみんながいるから、ゲオルグがそんな顔をする必要はないんだ」
だから、そんな傷ついた顔をしないで。
囁かれた言葉に目を見開く。
「……お前の目には、そんな風に見えるのか」
「……うん」
「そうか……」
ファルーシュのその答えに、僅かに目を閉じる。
どうやら、傷だらけであるほど笑うのは二人とも同じだったようだ。
「俺の目にも、お前の笑顔は時折辛そうに見える」
「え?」
「たまには辛いと言っても構わんと思うぞ」
「………」
「それこそ皆がいるんだ。お前は一人じゃない。戦の中だけでなく、頼ってもいいんだ」
先ほどの俺も、こいつと同じを顔をしていたのだろうか。
そう思うと思わず笑えて来た。
「……なんだ。ぼくもゲオルグも同じだったんだ」
そう言って曇りなく笑う姿に目を奪われる。
少しでも心の傷を癒すことは出来たのだろうか。そう思うと自然とこちらも優しい気持ちで笑みが漏れた。
いずれ俺はお前を傷つける。
騙したのか、嘘つきだと罵られる覚悟も出来ている。
だが、覚えていて欲しい。
それが分かっていても尚、傷だらけで微笑むお前を護りたいと思っている感情に偽りはないのだと。
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