甘く優しい香り
初めて出会った時の感想は・・・本人には言えないが、美しい少女だと思った。
少しクセがあるがくすみのない銀髪と澄んだ青い瞳。優しく整った面立ちに男臭さの欠片もなければ間違ってしまってもしょうがあるまい。
それに、ゆったりした服のせいで体型がよく分からなかったし、明らかに華奢な体つきをしていた。
身長も共にいた黒髪の少女と変わらなかった事も原因の一つだと思っている。
・・・そんな言い訳は置いておこう。
とにかく、あの大雑把なフェリドの息子とは思えないほど穏やかな気性の持ち主だったファルーシュは、最初こそ俺を避けていたようだった。
初対面であんまりにも見すぎたのかもしれない。怖がっているようだとカイルからからかい混じりに言われた時は少しばかりショックを受けたのを覚えている。
そのファルーシュが懐きはじめたのはいつの頃だったか。
ある日突然好物のチーズケーキを持って「一緒にお茶をしませんか?」とやって来たのが最初だったと思う。
それからは毎日のようにやってくるファルーシュに武術指南をしたり話し相手になったりと、自分でも思いがけずこの年下の少年との交流を楽しんでいた。
けれど、その日々も長くは続かないだろう。
続けばいいと願ってもいたが、続かない可能性があるからこそ俺はファレナに呼ばれ、フェリドの頼みに頷いた。
そのフェリドの頼み事をする日が訪れなければいいと、何度思ったことだろうか。
けれど現実は残酷だ。
あの日、俺は女王を殺した。
ファルーシュの母をこの手にかけた。
いかなる理由があろうとも、それが真実である事には変わりがない。
ファルーシュとリオンとサイアリーズと共にソルファレナを脱出し、ルネス、バロウズ邸、ラルフリートへと居を移しながらも、俺は彼らと共に行動することが出来なかった。
裏方に徹し、情報を探る者も必要だったからだが、本当のところは罪の意識と、告げられぬ真実を抱えていたからだろう。
ファルーシュが気丈に振る舞い、リオンやサイアリーズに笑いかける姿を見るのが辛かった。
何も言えぬ俺でも頼れるのなら頼ってくれと、何度思ったことか。
けれどファルーシュは俺の前でも笑顔を忘れず、それどころか少しの間会わない内に瞬く間に成長していった。
俺の力は必要ないのかもしれん。
子供の成長を喜ぶと同時に、わずかに寂しさを感じた。
それでも、再会する度に無事でよかったと、安堵の笑みを見るたびに心が温かくなる。まだ俺の力が必要としてくれているのだと、安心したものだった。
そうして、訪れた。
ファルーシュに真実が知れる日が。
語られたそれは断片でしかなかったが、ただでさえ妹を奪われ、反逆者と罵られながら、本来なら守るべき民達を傷つけている事に苦しんでいるあいつに、すべてを話す訳にはいかなかった。
母が我を忘れて父を殺したのだと、そんな真実を、苦しみを与える事は出来ない。
だからこそ、すべてを語らずファルーシュの傍から離れ、今まで通り情報を探りに出た。
それは一時的なものだったのが、どうやらファルーシュは二度と戻ってこないかもしれないと心配をしていたらしい。
ゴルディアスで再開した時の、あの顔。
一生、忘れることは出来ないだろう。
表情という表情が抜け落ち、ただ呆然と俺を見つめたと思ったら、次の瞬間には泣きそうになりながら安堵の表情を浮かべて儚い笑みを浮かべたのだ。
その時、胸にこみ上げた愛しさ。
それまで、あいつに対して感じていた感情が親愛の情ではなく恋情であったことを悟った。
同時にファルーシュもまた俺を、同じ意味で俺を想っていると察した瞬間、ファレナの未来を背負ったその細い肩を引き寄せて抱きしめていた。
「ファルーシュ・・・」
抵抗もないまま、俺の胸に顔を摺り寄せたファルーシュは甘く、優しい香りがした。
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